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2024年2月2日金曜日

『Snarl』解題

 音楽作品に対する「今作の根底にあるのは何か」「今作の核を成す要素は何か」という問いは、例えば音楽雑誌のインタビューなどで多用される文言である。しかし今作に同じような問いが投げかけられたとして、私はなんと言えばいいのだろうか。

 今作の根底にある要素は複合的なものであり、一つの言葉だけで表現できるものではない。

 先ず意識していたのは、現代に於けるオリジナリティとは何か、ということ。

 今作は様々な音楽からの影響をあまり濾過せずに出力している。もちろんダイレクトな剽窃、つまり「ただのパクり」にならないようには気を付けたつもりだけど、人に依ってはそう感じる瞬間もあるかもしれない。

 そもそも「ただのパクり」とそれ以外の境界線はどこにあるのか、ということにもなる。

 2024年の現在、改めて認識すべきことは「オリジナリティ」とはそもそも先人の築いたものと無意識のうちの影響とその人自身の資質が交錯した末に生み出された複合材料であるという事実だ。その事実を知ってか知らずか、どちらにせよ純粋な「オリジナリティ」の存在を無邪気に信仰するのは非常に危ういと昨今の様々なトレンドを見聞きする度に強く思う。今作にはその回答としての「割と影響元が分かりやすいアルバム」という立ち位置が確かにある。

 もう一つ意識したのは、シューゲイザーの文脈を多く取り入れること。これは『Nice』の制作時よりも強く意識した。そのため今作はかなりざらっとした音作りになっている。

 最後の「高度地区」だけはその文脈から外れた楽曲にしようと思っていたのだけれど、結局最終的にはシューゲイザーの文法を取り入れたアレンジになったので、今作は全曲で何かしらシューゲイザーやその周辺のジャンルの感覚を意識した曲作りが行われたことになる。

 そして今作を覆っているのは、暗い空気である。

 これに関してはたまたまそうなった、としか言いようがなく、私自身どうしてこうなったのかわからない部分が多い。今作と比べれば、『Nice』は割とキャッチーでエモーショナルなアルバムだったのだな、とすら思う。とにかく重苦しい。

 これに関しては、もう私がそういう精神状態だったとしか言いようがないのかもしれない。あるいはその責を世の中とやらに被せることも可能かもしれない。

 ただ、それは後付けの理由に過ぎないと思う。結果としてこうなっただけなので。

 かのように、今作に対しての簡潔な説明はアルバムが完成した今も出来ないでいる。1曲ずつなら説明できることはもっと多いが(またそのうち全曲解説記事を上げるでしょう)。

 もしかしたらもう少し過去のものとして捉えることが出来たときにそれは可能になるのかもしれないが、少なくとも現時点では「この三つの要素がアルバムの重要な部分を占めている」というところで打ち止めにしたいと思う。

 それでも今作を象徴する一つのことばを探すのであれば、それはタイトルの『Snarl』だろう。これは唸りと怒鳴りのアルバム、と言えるかもしれない。
 …文章に区切りを付けるにはこれでいいのかもしれないが、本音の部分で言えばこれもやはりしっくりは来ていないのだけれども。

 高橋知秋

2023年12月31日日曜日

高橋知秋『Nice』アルバム全曲解説

インスト付き有料版(booth)

『Nice』

・タイトルについて

 このアルバムタイトルはかなり初期、楽曲の製作に取り掛かる前に決定したもので、結局変えることはなかった。音源が完成してみれば「言うほどナイスって感じの内容か…?」とも思ったのだけれども。
 ただ変にシリアスなタイトルにして「あ~こういう感じね笑」って自分自身でなるよりは全然良い判断だったよね。 

・内容について

 今作の製作に際して、「どこかで似たような曲を聴いた事があるような」という思いが脳裏に過ぎっても、そのまま作った。尊敬している音楽家が少し前に「誰かと似た曲を作っているかも、と思っても気にしないでどんどん作った方がいい」と発言していたので、それに従った。また意図的に影響を表に出した曲も多い。
 spotifyプレイリストでリファレンス集も作ったけど、結構手の内を明かし過ぎてて凄いのでちょっと一般公開する勇気がない。友達には気まぐれでリンクを送るかも…。

 最初はシューゲイザー的なトラックと、ふだん制作しているノイズ・エクスペリメンタル系統の要素が強い曲で構成されたミニアルバムぐらいのサイズの作品になる予定だった。
 しかし構想がどんどん出てきて、気が付けば12曲入りのフルレンスに。この結果にはなによりも私自身が一番驚いています。

・アートワークについて

 このデザインも音源制作前に既に完成していたのだけれど、実は途中で一回変更が加えられている。
 当初のデザインは中心の写真が違っていて、フリー素材サイトにあった一軒家を撮影した写真になっていた。
 ただ、アルバムの顔となるアートワークがフリー素材一発ってのもどうなのかな、とも思い、良い感じの写真が撮れたら差し替えよう…と緩く考えていた。

 8月に親族の法事に出かけた。
 帰りの車中。信号待ちで車が停まった瞬間、助手席から車窓越しに風景を見ていた私は不意に思った。
「これ、ほぼ岩井俊二だ!」
 気が付くと私はiPhoneで写真を撮っていた。

 というわけでその写真がアートワークに使われたのでした。

「高橋知秋を信じるな」

 イントロ。

・タイトルについて

 これは元ネタはアレです、「洋子のはなしは信じるな」。すっかりミーム化しているけれど、事件そのものが未だにまともな解決を見ていないと思しき点まで含め、リアルタイムで起こった出来事が都市伝説化した話の中でもぶっちぎりで不気味な類だと思う。

 ちなみに初期段階では「高橋知秋は詐欺師」というタイトルだったのだけれど、あまり余白を感じられなかったし「詐欺師」という言葉を使うほど人間的な曲でもないため、けっこう悩んだ末にニュアンスを変えてこの形になった。同じようなことを言っているのにかなり異質なフレーズに変わったので良かった、と自分では思っている。

・トラックについて

 アルバム制作の初期段階ではノイズ・エクスペリメンタル的なアプローチの楽曲をもう少し入れる構想もあり、よってこの曲そのものがそういった初期の構想の名残でもある。
 最終的には異質で短い曲を冒頭に置くというアルバムのイディオムに沿った楽曲に仕上がったので、初期段階の構想の通り冒頭を務めてもらうことにした。

 ドラムはかなり適当に打ち込んだリズムパターンをクオンタイズで無理矢理それっぽいリズムに変換したものを切り貼りしたもの…だったと思う。記憶が曖昧。ベースもかなり感覚的に打ち込んだ覚えがある。
 こういうドラムと無軌道なノイズが同時進行する曲ってあったよな~と思って無理矢理記憶を手繰り寄せたら、禁断の多数決の「Sad Organ」だった。他にもありそうな気はするが。そういえば一時期のMerzbowの諸作は必ずと言って良いほどドラムが入ってたな。

・歌詞について

 語りについては秋に渋谷の路上で録音したもので、内容の大部分は即興。そのため歌詞のデータが存在せず、bandcamp上では■を並べて伏字という形を取った。

 実は夏頃に全く別内容の語りを録ったのだけれど、そちらはなんか微妙にダサかったので没になった。「外に出る瞬間の~」は勿論「強風オールバック」からの引用で、没にしたバージョンではここは「私は外に出る前から終わっている人間」だった記憶がある。あまりにもミーム過ぎたのでより観念的なフレーズに。
 アルバムの一番最初で「このアルバムの世界へようこそ!」的なことを語られる作品は多々あるけれど、注意事項をいきなり伝えられるのも面白いかな、と思ってああいうような内容になった。

 私のことを信じてはいけない、というのは、個人的に思う「音楽作品」「歌詞」「創作物」の宿命について思い至ってこの言葉になったように思う。

「街の外側」

 由緒正しき2曲目ソング。

・タイトル及び歌詞について

 収録曲の殆どはタイトルが先に出来ていて、そのため最初は都市と資本主義の関係性についての歌詞にしようと思っていた記憶がある。
 実際に書き上がったのは非常に多義的で、かつものすごく個人的な内容の歌詞だった。こんなパーソナルな表現が出てくるとは思わず、書いた後に自分が一番びっくりした記憶がある。そのため、この曲の歌詞の全てを説明するのは非常に難しい。
 あまり解説したくない箇所も多い。
「街の外側」という言葉そのものがかなり多義的な存在になってしまったし、「呪いと怨嗟だけで繋ぎ止めて」という割と解説し易そうなフレーズも、実際には全く異なる二つの事柄が係っていてしかも解説しづらいという解説泣かせソング。

 なんというか…正直こんなことになるとは思わなかった。あまりにも自分本位すぎて、良い歌詞なのか悪い歌詞なのかの判別も付かない。
 ただ、「誰にも知られない書記」は私を形容する言葉として割と正確なものではないか。

・トラックについて

 こちらも聴いて頂ければわかる通りめちゃくちゃエモ的な表現になっていて、自分の中にこんな引き出しがあるとは思わず、制作中ずっと驚き続けていた。ギターソロが入ってくる辺りなんか、今でも他人が作ったんじゃないかと思う。制作中に初めてサブスクで聴いたART-SCHOOLの影響があるような気がする(特に「SKIRT」)、ような気がするが、そんな短期間でここまで濃い影響を受けるとも思えず私の中でもずっと謎である。

 ミックスで苦慮し、試行錯誤を繰り返し続けて恐ろしい数のバージョンを作った。完成バージョンは結構ややこしい方法で書き出している。

・ボーカルについて

 聴き返していると毎回「なんかサビの歌メロが歌謡曲みたいだな…」と思う。自分で作った割に歌メロが異常に難しくて、最後まで全然歌いこなせなかったし、何回か録り直した。最終的にOKテイク三つは全て何らかの形で使われている…はず。
 2つ目のOKテイクは途中までそれを完成版にするつもりだったが、力み過ぎてて気持ち悪い(サビの「会話を続けて」の最後の部分が「てぇぇぇ~!」みたいな感じになっていた)と感じるようになったので歌い直した。けど、結局ずっと力んでいる気が…。
 最後のガナリはとあるSSWへのリスペクトなのだけれど、これ分かる人いるのかな…。

 アルバムの中でも結構な重要曲なのに、解説できることが少ないな…。

「side project」

 今作の曲の中でも一番最初に取り掛かった、つまり「歌モノを作ろうと思って作った」正真正銘一番最初の曲。先行公開時と同じ音源なので、前にブログに無告知で上げた解説記事の内容を転載。

・歌詞について

 作詞は夏頃に着手。
 実は最初はかなり所帯じみた、もっと親近感を抱かれるような日常的なフレーズが並ぶ歌詞だった。でもまず「サビの歌を全面的に変えたいな…」となりサビの歌詞が抽象的な内容になり、そのまま行こうと思っていたが歌入れまでの数か月の間に思想が変わって、今月に入ってから歌入れをする直前に「この詞じゃねえよなあ…」となり、30分程度で一部のフレーズ以外の全てを書き換えた。

 書き換えた最終稿の歌詞に関しては、制作中に直面した様々な出来事を反映した内容になっているけれど、それがどういうものなのかは恐らく全く伝わらない内容になっている。私は詩/詞というものを「人に伝えたくないことを大声で言える表現手法」だと思っている節がある。

 そんなわけで、歌詞に関しては一番最初のバージョンと比べると殆ど原形を留めていない(txtファイルを上書き保存したのでこの一番最初の歌詞は残っていない)。特にメロ部分は完全に別物。
 一部の語句や意味合い自体は残ったフレーズも幾つかあるけど、完全に初稿と同じ形で残っているフレーズは「歌詞だけいい顔してもしょうがない」「エコバッグを忘れないで」「アバターなんて作らないで」の三つしかない。

「ゴミ袋を買わないで」「エコバッグを忘れないで」は日常生活とこの歌詞の接点を残すためにあえて手を付けなかった…はずなんだけど、実は歌詞には「レジ袋を買わないで」と書いてあった。
 しかし完成した音源を聞いたら、加工のせいで自分の歌なのに何度聴いても「ゴミ袋」と歌っているように聞こえてしまい(よく聴くと「レジ袋」にも聞こえる)、「”ゴミ袋は買わないで”の方が退廃感が出ていていいな!」と思ったので結局歌詞の方を書き換えてしまった。なので「エコバッグを忘れないで」の方しか残らなかったという。

「アバターなんて作らないで」に関してはあまりフォロワーなどにいい顔されないフレーズだろうなと思ったけど、絶対に最後まで残そうと思った。
 この一言を言うために作った歌詞なので、これを発表してリムーブされようがブロ解されようがこれを変えるわけにはいかない。当然自分がアバターを作って活動している立場であることの矛盾を最初から織り込み済みで書いている。というか、逆に言うとそうじゃなかったらこのフレーズは出てこなかったです。
 いままでその形式で活動してきて良いことも悪いこともあった、というよりは「良いことばかりじゃなかった」んで。

「歌詞だけいい顔してもしょうがない」は初期の所帯じみた歌詞の名残。
 小恥ずかしい気もしたけど、これも「アバターなんて作らないで」と同じぐらい重要だと判断して残した。高橋知秋の卑屈さの象徴みたいなフレーズだよな~、と自分でも思う。

・トラックについて

 イントロなどではいかにもシューゲイザーな「安いシンセストリングス」が鳴っているけれども、実は制作の初期段階ではもうちょっとJ-POPっぽい別のシンセが乗っていた。しかしさすがに「何かっぽい」感じがありすぎたため完成版ではこの形に。
 ちなみにアウトロの同じ音階を鳴らすドローンっぽいシンセとギター(ギターの方はちょっと聞こえ辛い?)は制作の最終段階で付け加えたもの。

 子供の頃スキー場に行ったときに、ゲレンデに向けてのアナウンスが丁度山とぶつかって嘘みたいにきれいなこだまになっていたのを聞いたことがあり、ボーカルにエコーをかけた仮ミックスを聞いたときにその時の記憶を思い出した。
 そのため完成音源ではエコーをさらに強調して記憶の中の音像を再現している。あといま住んでいる街でたまに鳴る防災訓練放送のイメージも混ざってるかも。
 当初はサビ辺りでボーカルに強めのディレイがかかってコーラスのようになるという構想があったのだけれども、実際にボーカルをトラックに乗せて聴いてみた際にその必要はないと判断し却下。

 それにしてもこの曲、ベースラインもコード進行もただ同じフレーズを反復しているだけなのだけれども、それでも変化が付いているように聴けるのは歌モノの特権だよなと思う。

・タイトルについて

 これについては直感的に降ってきた言葉だけれども、裏には高橋知秋という活動自体が様々な状況に対するオルタナティブである、という意味合いも一応ある。
 まあここら辺に関しては説明は無粋ということで。

「Drive」

・タイトルについて

 何故か「Drive」というタイトルの曲を作らねばならないという強迫観念があり、特に理由もなくこのタイトルにした。
 これ以降は歌詞の項で説明する。

・歌詞について

 なぜ「Drive」というタイトルからこの歌詞になったのかというと、私の中で特に印象深い子供の頃の記憶が「夕方になるとしばしば家族でドライブに出かけた」というもので、その時に車窓から見たものが今の私の感性を形作るのに非常に大きな影響を及ぼしているからだ。
 そこから更に発想を飛ばして、高校の頃の下校時に様々な音楽を聴きながら、田舎と言っても差し支えない風景の中を延々と歩いていた時の記憶や感覚も混ぜ込むことにした。これは私の中で先述の「ドライブ」の記憶と同じぐらい重要な経験だからだ。あと高校の頃にも家族が車で迎えに来てくれることがたまにあって、そのイメージも若干投影されている。

 これらの抽象的な思い出の概念の他にこの曲には明確にイメージの基となった風景があって、それは地元の住んでいた家から近いところにあった大きな河川敷、そして通っていた高校のすぐ脇に流れていたやや小ぶりな川の光景である(「川が流れる」というフレーズの「川」はこの二つの川を指している)。やたら風景描写的なフレーズが多いのはそのせい。

 いくつかのフレーズに関しては明確に元ネタとなったエピソードがある。「木材置き場の幽霊」は高校の通学路にあった場所。「二人乗り冷やかして」は下校時に二人乗りをしてるカップルを校則違反だぞ~と思いながら半笑いで見てたらいつの間にか水たまりに足を突っ込んでて一人でめっちゃ笑ってしまった、という思い出から。マジでしょうもねえ思い出だな。
 やや遠まわしに表現しているが「中庭の管楽器」「獣を脅す銃声」も高校生の頃の経験を基にしたフレーズで、前者については割と共感度高いんじゃないかと思っている。

 小学生の頃、家の近所にあった公園で遊んでいるうちに飽きて、裏にあった田んぼのあぜ道に行こうと思い立った。そこには小さな川と言える規模の用水路も流れていて、何もないが普段の公園に飽きた年頃の小学生男子には魅力的な場所だった。
 柵を乗り越えるために上部の手摺を握り、裏の隙間に指を突っ込む格好になった瞬間、指先にわしゃわしゃとした感触があった。
 何かが動いている。
 そこで思い出す。この柵は手摺の中にアシナガバチが巣を作っていたのである。不慮の事故とはいえアシナガバチの巣に手を突っ込んでしまった私は、慌てて指を引っ込めた。
 でも、巣にちょっかいをかけると本気で襲ってくるはずのアシナガバチは、何故か逃げずにそこに留まっている私を全く攻撃しなかった。
 昆虫が好きな私は「蜂はみんな巣を荒らすとヤバい」という知識をちゃんと持っていたので不思議な心持になった。
 それ以来、私はアシナガバチという昆虫が少し好きなのだ。そこでこの曲にも地元の思い出の一部として登場してもらった。

 ただ、こうした何気ない思い出とそれにまつわる物事。風景を歌詞というかたちで出力することは「私の中にだけある風景」を多かれ少なかれ自らの手で貶める行為だと思っていて、その複雑な感情を「風景画と同じだけ人を傷つけたら」「それらを言葉に紡ぎ価値を貶めていく」というフレーズにストレートに反映させた。

 2番のサビはなんというか、まあ高校生なんてそんなもんだよね、という感じで書いた。

・トラックについて

 シューゲイザーをベースにしているけれども、この曲は特に「ノイズギターは脇役でアコースティックギターが前面に出ているタイプのシューゲイザー」を意識した曲だ。
 実際にはアコースティックギターではなく、電源の繋がっていないエレキギターをiPhoneで録音した音源だが(というかこのアルバムの収録曲のギターは全部電源の繋がっていないエレキギターをiPhoneで録音してそれを後からDTM上で編集した音源である。だから全部微妙に音質が変)。

 インスト音源が出来たときに「なんかめちゃくちゃ地元っぽい!!!」という感想を抱き、それで歌詞の方向性が決まった。
 この「地元っぽい」という感覚はそれこそ私にしかわからないもので、そういう言葉では絶対伝わらない感覚を伝えることにある程度成功していたら良いな、と思う。

 あとこのコード進行はずっと好きです。名前分からんけど。
 こういうコード進行の曲はたくさんあるけど、この曲において雰囲気に一番影響を与えているのはキャプテンストライダム「夏のカケラ」だと思う。中学生~高校生頃のマイフェイバリットナンバー。
 あとPavement「Shoot The Singer (Sick 1 Verse)」を聴いたときも「なんかめっちゃ地元っぽい!」と思ったため、間違いなく同曲からも無意識のうちに影響を受けていると思う。

 ボーカルが一番不安定というか、非常に歌いこなすのが難しい歌メロだった。まあこれぐらい心細いボーカルの方が曲のコンセプトに合っているんじゃないか…な。あとこの曲のボーカルのディレイも若干スキー場を意識してますね。子供の頃の記憶の曲だから。

「血液の地理」

 エクスペリメンタル枠。

・タイトルについて

 実はこの曲と次の「絶句の領空」は実際に曲が揃うまでタイトルが逆だった。というより、「血液の地理」はアルバムの中でもだいぶ後になって作った曲である。
 ポエトリーリーディングの曲を入れるという構想が初期段階であり、実は曲名だけ揃っていた時点では「街の外側」がポエトリーリーディング局の予定だったのだけれど、実際にはそうならなかったため、制作中は一時期ポエトリーリーディング曲の収録そのものがなくなる方向性になった。
 ただ、キャッチーな歌モノが並び過ぎるのもどうか、もっと普段の高橋知秋に近い路線の楽曲も欲しいぞ、となり製作されたのがこの曲。
 しかし実際の歌詞を見ると明らかにこっちの方が「血液の地理」というタイトルにふさわしい。というか「血液の地理」は全然地理っぽくない。
 というわけで急遽「絶句の領空」という対になるタイトルを考え出して、こちらに「血液の地理」というタイトルを移動させた、という経緯がある。

・歌詞について

 実はこの歌詞は未発表だった「詩の練習」のストックから引っ張ってきたものである。未発表の「詩の練習」がとにかく大量にあり、いつかまとめて発表したいな…と思っているがあまりにも大量すぎて発表の機会を逃し続けている。

 歌詞が表現しているものについては…東京では富裕層しか持ち家に住めない…みたいなことを端緒にして書いた記憶がある(同じテーマで書いた「詩の練習」がもう一つある)。どちらにせよ、土地と資本主義の関係性について思考をぐるぐるさせた結果の出力物であることは間違いない。
 朗読するにあたって、元の詩から一部の箇所を改稿している。「対立軸の夢」「喉の血の塊で漏れない」は元の詩には無かったフレーズ。この曲の作業では「文字で見るときのリズム感」と「実際に読み上げた際のリズム感」の違いを実感した。

 あと「5LDK」って言葉、響きが気持ち悪いですね。

・トラックについて

 先述の通り普段の高橋知秋に近いエクスペリメンタル路線の曲であり、その殆どを即興で組み上げた。故にはっきり説明できることは非常に少ない。
 実はノイズ類と並行してiPhoneで録音した炊飯器の音がずっと流れているのだけれども、加工しすぎて分かり辛くなっちゃった。
 途中で入るカラスの鳴き声は意図的に入れたものではなく、詩を朗読していたら入ってきたガチの鳴き声。カラスは好きなのでそのまま使用。

 後半のノイズ→呻き声という流れは、フェイクドキュメンタリーホラーへのリスペクトを若干込めている。呻き声はどうしても屋外の車通りの多いところで録りたくて、散歩しているときに周囲に人がいないタイミングを見計らって録音した。こんなん誰かが見ていたら完全に不審者なので、人が歩いてこないかびくびくしながら録った。

「絶句の領空」

・タイトルについて

 この曲のタイトルが変更された事情については先述の通り。「血液の地理」というタイトルと対になり、かつ流れが良い言葉を考えた結果が「絶句の領空」だった。
 本当に収まりが良いかどうかはちょっとわからん。

・トラックについて

 これはあからさまにHASAMI groupのアルバム『超郎』の影響下にある曲。あのアルバム超好きなんですよね。ソリッドで。
 トラックの基礎はかなり前に完成していたが、手直しが何回も入ったためちゃんと完成したのは結構後の方だった。ただ曲中二回登場するピアノソロはかなり最初のほうで完成していて、その後も手直しが入ることはなかった。

 オーケストラ音源はクリエイティブコモンズで配布されていた著作権切れのクラシックの音源をサンプリングしたもの。
 左チャンネルでずっと鳴っている人の声は効果音ラボの音声を切り刻んだもの。
 なるべく合法的にヒップホップマナーを再現できないか、というなんとも微妙な試みをしている。

 ボーカルの高音域がやたら耳に刺さる感じになっているけど、まあ一個ぐらい歪な要素が入ってた方が良いだろう、と…。
 ダブルボーカルの「タイムラインはただの待合室/お前のファン全員神経質」の箇所のフロウが全く違うせいでゴチャっているのも却って面白いと思ってそのまま採用した。

・歌詞について

 テクニカルさが全くない平板な押韻を繰り返すラップ、というのは元ネタがいくつもあるんだけど、逆に元ネタがいくつもありすぎて書き出せない状況。まあよくある表現ということで。
 先に記したようにHASAMI groupからの影響が強い曲だけど、HASAMI groupのラップはもっとテクニカルに押韻を踏み倒しているのでその点はちょっと違い味(造語)がある。

 最初のヴァースでフォロワーの名前を大量に(無許可で)使ったのは、「ポケベル片手高笑うElsel」というフレーズを思い付いた時点でその方向性で行こうと思ったからである。
 言ってみればヒップホップ自体がこうした内輪ノリ的な表現を多用しているわけで(ラップのことを何も知らない人がシャウトアウトの箇所でラップされる人名の羅列を聞いてもそれが誰なのか全くわからない、という問題がある)、ある意味でヒップホップらしい表現になっていると強弁することも可能かもしれない。内輪の範囲が狭すぎるけど。
 名前を出したのは親密だったり付き合いが長かったり尊敬している人が多いが、別にここに名前が上がらなかったから親密じゃない、尊敬していない、ということでもない。音的に名前を入れるのが難しい人も大量にいたし、というかそれ以前に友達全員の名前を織り込むわけにも行かない。
 というか高橋知秋の曲の歌詞に自分の名前を使われて嬉しい人っているのか?傍迷惑なだけでは?

 ちなみに小林フジヤさんとひかりんさんの名前は絶対入れようと思っていた。あと、実は『Nice』のリリースに際してすごい期待を寄せていただいたchromoryさんの名前も入れたかったんだけど、ちょっとうまく行きませんでしたね。これは今作の制作に於いて結構な心残りのひとつ。

 二番目のヴァースが急にリーディング調になるのは間違いなくJazz Dommunistersの影響ですね。というかコインランドリーでJazz Dommunistersを聴き直してて「あ、二番はこれで行こう」と思ったので影響どころかあからさまな引用と言ってもいいのでは。
 あとキリコの「私が元いたグループは」という、トラックに合わせて漫画のキャラみたいな語り口調でずっと来歴を語り続ける曲からも影響を受けていると思う。

 個人的にヴァース1は外向きのユーモアをベースに組み立てた表現で、ヴァース2は自分のことにひたすら言及し続けた内省的な表現、というイメージがある。

・ボーカルについて

 本っっっっ当に大変だった。終わらないかと思った。
 何回録音してもどこかでトチる。特にヴァース2は成功と言えるテイクが2回しか録れなかった(しかもその成功テイクふたつも若干噛んでる)。
 HASAMI groupはボーカルを全部ファーストテイク修正なしで使っているらしいけど、よくあの複雑なラップを1発で成功させられるよなあ…。

 そんなに頑張って録音したのに、録音を聴き返したら自分の活舌の悪さと声の良くなさが前面に出ていて本当にキツかった。
 高音域をやたら強調しているのはそのマズさを覆い隠すためでもある。

「Shota Nakamura [album mix]」

 以下single mixの解説からコピペ。

・まず、誰?

 ネタを明かせば、これはとあるdiscordサーバーでニックネームとして名乗っている偽名であり、別に本名とかではない(当たり前だろ)。そんな言葉をタイトルにしているので最初はもっと軽いインタルード的な曲にしようとしていたのだけれど、いつの間にかそうではなくなった。

・歌詞について

 英詞にすることは割と最初から決まっていた記憶がある。仮のトラックが出来た時点で鼻歌のように音感を気にしつつ組み立てた。
 内容に関してはフレーズごとに思い付いた出来事や思想をさらに複雑にエンコードして断片的に綴っていった散文的なものなので、何か一つの大きな意味合いで説明できるようなものではないように思う。まあ明るい内容ではないということは確実に言える。

 日本語にすると「拷問のカーテン」とか「水の正義」という意味になる割と物騒な言葉が出て来るけど、ここら辺の比喩に関しては本当に自分の中の感情や日常の中で直面した出来事を抽象的に表現するとこうなるというだけの思い付きであり、別段何か大きな意味合いを持っているわけではない。

 あと「a cut off pieces」って「a」の後に複数形付けちゃってるんで、たぶん文法的に間違ってますね。

・トラックについて

 記事の冒頭で”「どこかで似たような曲を聴いた事があるような」という思いが脳裏に過ぎっても、そのまま思い付いたままに作った”と書いたけど、この曲に関しては幾つかの曲の要素を意図的に引用して作っていった。
 それらの元ネタを明かすことはしないが…(一つだけ言うと、やかましいパートはモロにmy bloody valentine「You Made Me Realise」ですね。もっと直接的に似た曲があった気もするけど)。
 製作当初に「このまま構想を形にするとこの曲にめっちゃ似てしまうのでは」と思っていた曲があって、だったら最初から似せて作ってしまおうと一種の開き直りを持って作ったのだけれど、結果的にいろんな曲のイメージを脳内で合成して作る形になっていったため、その曲とは一部の要素が似てるっちゃあ似てる…かな…ぐらいにまで後退。良いのか悪いのかよくわからん。

 というより、出来上がった曲を実際に聴いてみると、特定の曲を引用してどうこう、というより全体的に「オルタナティブロックあるあるネタ」みたいになったなと思う。
 そうなった原因の大部分として推測できるのが、この曲の心臓部である歌の入るパートに関しては「こういう曲があったよな…」ということを頭の中で考えながら作った曲があったのだけれど、その曲が明確にどの曲なのか分からないまま完成まで行ってしまったところ。
 それに限らず、この曲は実際のところ明確な引用というよりは「確かこんな曲あったよな…」と思いながら作っていったという方が正しかったりするので、自分でも気づかないうちに様々な形の「オルタナティブロックとそのサブジャンルの幻影」を組み立てることに終始していたのかもしれない。
 そもそも当初は「イントロでめちゃくちゃ盛り上がるのに歌に入るとスカスカになる」という構造から着想していったので、最初は特定の曲を引用してどうこうというわけでもなかったということも、この結果に繋がっているのかも。

 というわけでこの曲は「オルタナティブロックあるあるネタ」です。オルタナのあるある早く言いたい。

 サビのハモりに関してはこのアレンジはサビにはどうしてもハモりが必要だという判断があり、一応事前に音階を確認して重ね録りした。
 でも楽譜が読めないというか理解が出来ない、コードも殆ど名前が分からない、という状態なので結構探り探りだった。

 これ以降新規執筆。

・single mixとの差異について

 一番大きな違いはイントロ。
 謎の笑い声が入っているけれどもこれは後で触れるとして、single mixにはなかったハイハットのカウントとフライングなノイズが入っている。これに関しては「明確にシングルとは違うぞ」ということを印象付けたい、という動機。大滝師匠がミックス違いの曲に派手な違いを一つ入れる心情がほんの少しだけ分かった。

 というわけで、基本となる音源はsingle mixと全く同じ音源を使っているが、ミックスをかなり大きく変えている。
 イントロはsingle mixよりノイズを派手に前面に出した形にして、歌が入る箇所はsingle mixより歌をかなり奥のほうに引っ込めている。この曲の構成の両極端さがsingle mixよりも強く出ているのではないだろうか。

 最初に入る笑い声は西字シオンによるもの。今作唯一のゲストだが単に笑っているだけという。
「この曲に必要なのは西字の笑い声だ!」という謎の直感があり、discordで通話をした際に録音させてもらった。
 もちろん本人には断わったうえで録っている。自然な笑い声が欲しかったため、動画を見せて笑わせて録音した。個人的なイメージに合う笑い声は二回ぐらい録れて、そのうちの一つをDTMソフト上で良い感じに編集したのがこの笑い声である。
 誰かに「何故笑い声を入れたの?The Beatles「Within You, Without You」みたいな自虐的な意図?」みたいなことを訊かれても、私自身にも全然わかりません。マジで直感的に「西字の笑い声を入れなきゃ!」と思って実行に移しただけなので。
 ちなみに有料版に入れたインスト版では笑い声の前ぐらいに録れた「ん?という事は?」という一言に差し替えている。

・そしてさっき気付いた

 この曲の「めちゃくちゃ重いイントロからいきなり軽い歌モノっぽい本編」という流れを繰り返す構成って、まんまスピッツの「惑星のかけら」だ。

「I'm Not Your Treasure Box」

 突然のトラップビート。

・タイトルについて

 当然、某有名企業勢Vtuberの曲名のモジリである。でもあの曲聴いた事ない。無罪の曲の方は聴いたことある。
 ささやかな反発心があったのは確かだろうけど、正直そこまで執着はない。というか動画も配信もほぼ見たことないのでどんな人なのかほとんど知らん。

 元ネタと同じく横に邦題を付けるなら「私は大した人間ではありません」かな。
 つまりこの曲名は単なるモジリではなく「高橋知秋にはお前が期待するようなことは何もない」という意味でもある。

・トラックについて

 一曲ぐらい普段聴いているヒップホップに近い曲を作りたい、と思っていた折、シャワーを浴びていて急に思いついたメロディを軸にして作り上げた。アレンジの大部分もその時に脳内で出来ていた記憶がある。

 とはいえ実現可能性がさっぱり分からず、脳内でただメロディとアレンジだけを熟成させつつ作業を後回しにし続けた。実際に制作に取り掛かったのはアルバム制作の割と後半の段階。
 しかしいざ実際に作ってみたら、構想がちゃんと練られていたため割とすぐ完成してしまったのだった。良いのか悪いのかわからん。

 トラップビートなスネアとハイハットはプリセットのループ素材を切り貼りしたもの。自分で作っても絶対よくならないからループ素材に頼ろうということも割と早い段階で決めていた記憶がある。

 最も影響を受けたのはgummyboy「Orange」とrirugiliyangugili「Nxtime bymysidde (feat. Lil Chill)」の2曲でしょうね。全体的に「Tohjiっぽさよりグミボっぽさ」というのは意識していたかもしれない。

 最後の性急なフェイドアウトがそれっぽくて気に入っている。

・ボーカルについて

 マンブルラップをやろう、と思ったものの、私はオートチューンやそれに値するソフトは持っていないので、DTMソフトのキー補正機能を色々ややこしい使い方をして疑似的にオートチューンっぽくした。

 結果わかったのは私は歌が下手ということだった。これの前のボーカルテイクはキー補正かけたら不協和音だらけになって「だめかもしれん…」となったのを覚えている。
 それでもなんとなくいい感じに纏まったのは割と奇跡。特にハミングの部分は脳内で組み上げた構想にかなり近い仕上がり。どっちにしろ下手だな、と思うことには変わりないが…。

・歌詞について

 タイトルだけは先に決まっていたので、それに合うフレーズを考えた結果がこれだった。英語として不自然じゃなさそうな言葉遣いにするなどの改変は重ねたが、フレーズの本質は初期段階から全く変わっていない。

「私はあなたのことが好きだよ、あなたのことを嫌いじゃなかったらだけれど」

 正直なところ、私の中でもこのフレーズの真意は考えあぐねる。
 トートロジー的な文言のナンセンスさで「I like you」という言葉を無力化しようとしているのかな、と思うが。ただ、論旨自体はスッと出てきたフレーズなだけに、私の無意識下にある何らかのネガティブが由来のちょっと重い意味合いがありそうな気もする。

 一行程度の短いフレーズを繰り返し歌う、という発想はthat dog.の「Why does he give up so easily?」というフレーズを途切れ途切れに歌い続ける「michael jordan」という曲のアイデアを引用したもの。

「星めぐりの歌」

 カバー曲。

・「星めぐりの歌」とは?

 宮沢賢治が作詞・作曲した楽曲。
 実は宮沢賢治が作曲まで手掛けた曲というものが27曲ぐらいあるらしく(私もこの文章を書くまで知らなかった)、その中の一曲。
 結構色んな人にカバーされていて(著作権も切れてるし…)、最近では東京オリンピックの閉会式でも歌われたらしい。

・選曲理由について

 近年、サブカル系の創作物で宮沢賢治の著作が引用されていることが多いと感じていて、そうした作品を作る人々のバックグラウンドに宮沢賢治という共通項がある、ということに関心を抱いた、という理由が一番大きい。

 それと、この曲をシューゲイザー的なアレンジでカバーするという構想がすっと降ってきて「これは出来そうだな」と思った、という理由もある。
 前に別の機会でインストでカバーしようと思って挫折したことがあるんで、そのリベンジも兼ねて。

 ちなみに当初の構想ではこのアルバムはyoutube版とDL版で内容が別で、youtube版はここに「Last Regrets」のカバーが入る予定だった。
 ただ「Last Regrets」のカバーは想定以上に時間がかかりそうということが分かったため、別の機会へ回すことに。

・トラックについて

 というわけでシューゲイザーアプローチ。個人的にこのアレンジはとても気に入っている。

 もう10年ぐらい前にyoutubeにアップされていた吉田美奈子が歌う「星めぐりの歌」の音源を聴いたことがあって、原曲から少しズレたキーでカバーしているのはそのカバーバージョンの影響がある。それでこの曲の存在を知ったので、刷り込みみたいなもんですね。
 この吉田美奈子のカバーは教育用のレコードに収録された未CD化曲で、結構なレア音源らしい。今はもうネット上では聴くことはできないと思う。

 ボワァン、という歪んだ電子音がメロディを先導するというアイデアは色々元ネタがありそうだけど、自力で見付けられたのはSHAZNA「Das Spiel」だけだった…そんなバカな。
 でもこの曲の金属音っぽいシンセの使い方ってこの曲とかなり似たアイデアなんだよなあ。SHAZNAは幼稚園児の頃にめっちゃ聴いてた幼少期のフェイバリットの一つなんで、影響があるのは確実だと思う。
 あとはSquarepusher「Tundra」がアレンジ的にかなり近いな。実際「Tundra」は制作中に意識していた記憶がある。

 ドラムがいささか単調すぎるかな…と思ったけど、まあドラムが単調なのが初期シューゲイザーだしな…俺は『loveless』が好きだし…と思い、結局手は加えなかった。
 ギターの鳴らし方はどうめき「もういない人に言ってもしょうがないんですけどね」にだいぶ影響を受けている。

 曲中ずっと流れているドローンっぽい音は、NASAが配布しているクリエイティブコモンズ素材をループで流してリバーブをかけたもの。火星かなんかの音らしいです。

・ボーカルについて

 個人的に今作で最もボーカルパフォーマンスを気に入っている曲。
 多少キーなどが怪しいところもあるが、それでもこのアルバムで一番理想に近い歌いこなしが出来ている曲だと思う。身も蓋もない言い方をしてしまえば、元からある人の曲なので歌えるのは当たり前っちゃあ当たり前かもしれないが。
 この曲の前半はピアノとSEとボーカルだけで構成するという私の歌の技術力を思えばかなり思い切ったことをやったため、絶対失敗できないというプレッシャーもあった。
 でもやっぱり活舌悪いっすね。

「Air Green」

・タイトルについて

 2021年に出したアルバムのタイトルをそのまま流用。
 この「Air Green」という言葉は複数のdiscordサーバーでニックネームとして使用しているため、ある意味セルフタイトルとも言える表題。

・トラックについて

 これはもう、最初からThe Smithsをやるぞ!ということを決めて制作した。正確に言うと、「The Smithsに影響を受けた日本のバンド」感が出したかった。なのでドラムパターンとかアレンジの雰囲気は結構モロに「This Charming Man」。
 でも結局一番影響を受けているのはオリジンのThe SmithsよりもスピッツがThe Smiths的なアプローチをやった「アパート」という曲。
 そこら辺の演算処理の微妙さが曲全体に漂う雰囲気に収斂していると思っていただければ。

 一方でこの曲は「Drive」と同じく、特定の音楽を聴いたときに自分が抱く「地元感」、より分かりやすく言えば郷愁みたいなものを自分で再現した曲なのだけれど、それがThe Smiths的なものに着地しているというのは我ながらなかなか奇妙ではある。The Smithsを初めて聴いたのは去年とか二年前とかだったはずなので。
 だからやっぱり実際に源流としてあるのはスピッツの方なんだと思う。「胸に咲いた黄色い花」とかもね(あれは正確に言えばXTCだけど)。

 そういえば今気付いたけど、明確にメロとサビが分離されていない曲の構成自体もまんま「アパート」だ。
 作っているときは「一筆書きで終わるような短い曲を作ろう」ぐらいにしか考えていなかったけど。

・歌詞について

 これも「Drive」に近い地元感があるというか、高校生の頃の所感のようなものが描かれている、と思う。
 けれども、「Drive」は明確に軸になる風景を思い描きながら書いたのに対して、こっちは本当に抽象的なことを考えながら書いたのではっきりとこう、と言える箇所は殆ど無い。
 高校の頃はこんな感じの人間だった、かもしれない…みたいな曖昧な内容だと思う。全体的にかなり隠喩的というか、具体的な描写は殆どない歌詞だし。
…でもこんなカッコいい高校生じゃなかったですよ、実のところ。

 まあ高校生ってみんな斜に構えてるよね、みたいな曲かもしれない。
 軽い「あるある」ではなくもっとシリアスなものとして書いてはいるけれども。

 中盤で唐突にこの曲を書いている自分自身と聴いているリスナーに対してメタ的に毒づき出すのはかなり高橋知秋っぽいな。
 このパートについてはあまり深く考えずに書いた気がする。

・あと

 すっげえカタカナ英語だけどそこら辺は笑って受け流してくれ~。

「intro」

 次の「Occult」のための導入(と言いつつ3分もあるけど)。

・録音について

 音声をよく聴くと分かると思うが、ハロウィンの直前で大規模な規制が敷かれていた渋谷駅~渋谷スクランブル交差点で録音した音声である。
 この時の渋谷駅周辺は別に全く盛り上がっていないのに神経質的に規制だけを敷いた結果、却って駅構内が混雑するという有様で全てがズレていてヤバい感じになっていた。
 もともと次の曲のコンセプトを補強するために普通に「渋谷のスクランブル交差点を歩く音声」を入れたかったのだけど、状況が状況だけに結果的に妙に生々しい録音になり、私の想定以上に次曲のコンセプトが補強された結果となった。それはもう強すぎるぐらいに。

 実際にはノーカットの音声を入れたかったのだけれど、街頭ビジョンから音楽や広告が頻繁に流れている様子が録音に入り込んでしまったため、著作権的に問題がありそうな箇所をカットする必要が出てきた。
 そこでついでに冗長な部分をカットして、そこには無音を入れることにした。
 最初から録音は一回カセットに落として収録する予定だったので、わざと無音を挟めばカセットテープのヒスノイズが強調されて良い感じになるだろうと想定。実際良い感じになった。

「Occult」

 ラスト。

・タイトルについて

 このタイトルは白石晃士監督の映画『オカルト』からの引用。
 この曲は『オカルト』の視聴後の衝撃を蒸留して作った曲で、仮タイトルは「自爆殺戮渋谷交差点」だった。
 しかし既にmoreruの曲に同名のものがあった(名曲!というかアルバム『呪詛告白初恋そして世界』聴いた?まだ聴いてない人は聴いて!)ため、まず被りをなくすために「Jubaku Satsuriku Shibuya Kousaten」とローマ字表記に変更。
 だが、インストのデモをyoutubeに限定公開で上げて友達に聴かせた翌日にyoutubeに「だめ!!!」と言われて動画を削除されてしまったので、これ後が色々大変そうだし、ローマ字とはいえ被っているのもアレだしな~と思い、最終的にシンプルな「Occult」に決定した。

・歌詞について

 なので歌詞も映画『オカルト』からの影響が…と言いたいところなのだけれど。…いやもちろん映画からの影響はあるのだけれど、あの映画の内容をそのまま引いた歌詞にはなっていない。
 サビの歌詞は割と映画の内容から影響を受けているなと思うけれども、一方で「捨てられる海」というモチーフは高橋知秋の中でずっと繰り返し使われているものだし(過去に「The Discarded Sea」というそのものずばりの曲を出したこともある)、本当に映画からの影響をストレートに出した箇所はほぼ無いと言っても過言ではないかもしれない。

 この歌詞で表現しているものについてはっきりと明言できるものはとても少ないのだけれど…なにかしらの具体的な言葉で言い表すなら、「私達は何かを成し遂げることはできないまま消えていくのかもしれない」というような、なんともいえない諦観が先にあったような気がする。
 これは映画『オカルト』からの想起であると同時に、映画とは関係ないところでときどき思う所感でもある。最後に街の雑踏がちらっと入るのはこの諦観にだいぶ引っ張られて出てきたアイデアだったな、と思う。

 でも厭世・デカダン的な憐憫の領域に突っ込んじゃうのは絶対に嫌だったので、でもまあ生きていかなきゃいけないよね、という真反対の方向性もかなり意識していたように思う。
 私は「自分が作るものはあくまでどこかドライで現実的なものにしたい」という欲求が人一倍強い自覚がある。その結果が攻撃性と諦観が複雑に絡んだこの歌詞なんだろうな。

 ただ、最後の「アスファルトを気遣って 夏の星座泣き出した」というフレーズは無意識下から映像的な感覚を伴って、本当にさらっと出てきた。
 色々意味合いを後付けできそうなフレーズだな、と自分でも感じるけれども、しかし実際にはこれは何の比喩でもなく、私は本当にこの時そういう事を思っただけなんじゃないか。

・トラックについて

 実はアルバム制作のかなり初期段階、「side project」の次ぐらいにはもう8割方完成していた。
 そのためこの曲は「side project」と同じく8割ぐらいDTM上で組み上げているし、非DTM的な要素はうっすら聴こえるノイズギターとギターソロ、あとは街の雑踏のフィールドレコーディングぐらいか。
 この曲と「side project」のアレンジには「シューゲイザー的なアプローチの曲と前衛的な曲で構成されたミニアルバム程度の長さの作品にする」という初期構想の名残がある。
 でも「intro」「Occult」のセットがアルバムの最後に来ることはだいぶ初期段階から決まっていて、結局アルバムが完成するまでそれが覆ることはなかった。

 作りたかったのは、「印象的なリフが曲を先導していく典型的なシューゲイザー」。それこそ『loveless』に数曲入ってる感じのやつ。意図していたものに近いアレンジを組み上げることが出来たので気に入っている。

2023年12月20日水曜日

『Nice』解題 / あるいは、歌が下手な私が歌モノを発表する行為について


 2020年ぐらいまでの高橋知秋は歌を出すことを嫌がり続けていた。それどころか2018年の活動開始から2020年ぐらいまでの1年半ぐらいは声を出すことはないだろう、ぐらいのことを言っていた。2020年にVRCを始めたり人の配信にゲスト出演したりして、声を出すことを実質解禁して以降も歌うことだけは嫌がり続けていた。
 これは自分の声をずっと聞いていると感覚がおかしくなり、最終的に解離のような感覚に陥って精神状況が悪くなってしまうという問題(不思議なことに、この現象は人前で声を出すようになってからあまり起こらなくなった)があったのと、単純に自分の声が嫌いだったからだ。

 それが2年も経てばオリジナルの歌モノで構成したアルバムを出すようになるのだからわからない。今となっては「2年前の高橋知秋のツイート、歌うことに対して抵抗しすぎクソワロタ」状態である。

 なぜ歌モノを出す気になったのかと問われると、そこには複合的な要因があるから難しい、という回答になる。
 強いて一つ理由を挙げるならば、1年ぐらい前に家族に「そんなに声は悪くないんだから歌っても大丈夫じゃない?」みたいなことを言われたのは割と大きなきっかけになった気がする。ちょっと前にその話題を出したら、家族は私に対してそう言ったことをあまり覚えてない感じだったが。

 今回のレコーディング、そしてこの作品の前に散逸的に発表したカバーの類を聴いて思ったのは、「私は歌が下手である」ということだった。
 キーが不安定に揺れているし、発声にも難がある。実際、歌っている最中にも「あ、今キー外れたわ」と思う瞬間が割とあった。何回かテイクを重ねても、今度は別のところでキーが外れたり歌い出しのタイミングがズレたりした。大雑把な性格なのでまあそれでもいいかと思いそのまま収録したが。
 無茶苦茶な音痴とかではないという自負はあるが、それでも聴いててあまり快い歌声とは言い難いと思う。ほとんどの曲を座った状態で録音していて、しかもボーカル録りに使ったのはiPhone、という全てがグニャグニャの状態で録音しているので、はっきり言ってクオリティは望めないのは当然である。「I'm Not Your Treasure Box」なんか、オートチューンふうのキー補正をかけたらもっと変になるという始末だった。

 しかし、ここまで書いた文章は言い訳ではない。私は「それでもいい」という選択をした、ということである。

 そもそも私は人の音楽を聴くときに、最初から歌唱力を求めていない。下手でも何でもいいから、その人にしかない何かが聴きたいのだ。人に聴かせたら苦笑されるような歌でも、私がそこに意味を見出せたらそれでいいと思っている。
 ならば私が歌う時も、「歌を出す」と決めたのならば、どんなに自信がなかろうとどんなに下手に感じようと発表しなければ道理が通らない。その態度を人の作品に求めるならば、自分が歌という表現を選び取った際には自らも腹を割らなければならない。
 それだけのことである。

 今でも自分の声が好きになれたかと言えば、別にそうではない。単に麻痺したに過ぎないのではないか、と思う。実際、「血液の地理」のポエトリーリーディングを聴き返していても、なんかもごもご籠っていて活舌も悪いし、イヤな声だな、と思う(私が出演した配信のアーカイブを見ていると、自分の活舌にショックを受けることが多々ある)。
 しかし忘れてはならないのは、「でもそれをどう思うかをジャッジするのは私ではない」ということである。特に音楽作品として世に出すならば。

 …まあ、歌は下手だけれどちゃんと満足できる曲を作ることが出来た(割と自分で聴き返すことが多い)ので、それ自体は幸福なことだろうと思う。

 あ、私が歌おうと思った動機の一つに、何人もの友達が「歌ってみた」を公開していて、それに触発されて「私も歌を公開していいのかもしれない」と思った…というのもあったってことを今更思い出した。
「Shota Nakamura [album mix]」の冒頭で一瞬聴こえる笑い声は、そうして影響を受けた何人もの友人のうちの一人である西字シオンの笑い声であることを最後に書き添えたい。

2023年12月 高橋知秋

2023年12月5日火曜日

無題、あるいは目的の無い記事

  Thee Michell Gun Elephantが世の中に流れ始めたときに、丁度私は小学生だったのか幼稚園生だったのか。「バードメン」のリリース日からして恐らく後者だろう。つまり子供であったことは確かで、初めて彼らの曲を聴いたときの印象は「めちゃくちゃうるさくて速い」だった。
 でもこれはただ単に家族が曲をかけるときのカーステレオの音量がデカかっただけなんじゃないかと今になっては思うし、「速い」という印象も成長してから聴いたときに「バードメンってミッシェルの中でもそこまで速い曲じゃないんだ…」と刷新されてしまったが。
 ただ、ひとことで言うと今までの人生で聴いたことのない音楽であることだけは確かだった。普通に考えればその年齢で聴いたことのある音楽の方が少ない訳だが、それでもスピッツで人生の音楽のキャリアを始めた生意気なガキだった私は、童謡や体操のうたといった子供向けの音楽の外側を既に知っている状態でもあった。

 月日が経ちミッシェルの解散の報が流れ始める直前かそれぐらいかの頃。緩やかに家庭内でミッシェルのリバイバルブームが始まり、(皮肉にも)バンドの解散を機に私はミッシェルの音楽に耽溺することとなる。社会的な名称が小学生から中学生に変わるころだった。
 そんなミッシェルとかナンバーガールがドンピシャに響くような世代にもかかわらず、ほぼ田舎と言って差し支えない地方都市の中学校では「ミッシェル・ガン・エレファント」と言ってもクラスメイトにはほとんど通じなかった。
 音楽教師だけが「結構意外なの聴くんだね」と笑顔でリアクションしてくれた。

 RAVENやROSSOの音楽もちゃんと聴いた。
 ROSSOの「1000のタンバリン」は今でもチバ氏の作りだした音楽のオールタイムベストのトップ5に入ると思う。でもThe Birthdayのデビューの前後で私は丁度「感性の変わり目」の時期に差し掛かってしまい、そこからはちゃんと追っていない。

 そこからもだいぶ時間が経った2009年。アベ氏の訃報が流れた。家族は泣いた。家族の発言によるとその日の夜に私は自室でギターを抱えて爪弾いていたという。全く覚えていない。

 そこから更に時間が経った今、今度はチバ氏の訃報をきっかけにしてこの文章を書いている。正直(私にしては)短いここまでの文章を書くのに、何回か頭が真っ白になって手が止まる事態に陥ったし、今も二割ぐらいは何を書いているか分かっていない。
 この文章の目的がよく分からない。他人の訃報にかこつけた自己顕示欲なのか。誰かと共有したいのか。しかしこの感情を共有したところでどうにもならないのに。本当になぜこれを書いて、公開しようと思っているのか、全く分からない。

 訃報を見てからの十数分間、頭の中で様々な曲が流れた。「世界の終わり」だの、「バードランド・シンディー」だの、「マリオン」だの、そうした曲を思い出すにつれて今は感傷的な意味性が付随してしまう自分に気付き、自らの俗っぽさが本当に嫌になった。

 でも、真っ先に思い浮かんだのは「笑うしかない」だった。『high time』に入っている、ちょっとマイナーな曲。「笑うしかない」。本当にそのとおりというか、それはこっちのセリフだ、と思う。

 この数年、ミッシェルを聴き返す回数が割と増えていた。急に一番好きなアルバムである『cult grass stars』を聴き返してnoteに記事を書いたこともあった(この文章は宣伝じゃないからリンクは張らない)。昨年の夏には地元にある家族の実家に行って、家族が持っていた分のミッシェルやらROSSOやらのCDを全部ガメてきた。
 子供の頃に好きだった曲はずっと好きだな、と思ったし、今聴くともっと良さが分かるな、と思う曲もあった。

 何のために書いている文章なのか分からないので、当然どのようにこの文章を締めればよいのかもわからない。
 自己顕示欲とは違った、何かもっと根本的な…わからないが、セラピーの療法を求めるような動機で、とにかく過ぎったことを書き散らした。それっぽい締めのフレーズも幾つか思い付いたが、それを書くことに嫌悪感を覚える。
 だからこの記事には文章として締まりがある末尾はない。ただ一つ言えることは、訃報を目にして一時間ぐらい経った今でも、数分ぐらいの間隔で定期的になんかどうしようもなくなる、それだけである。

2023年11月15日水曜日

「side project」「Shota Nakamura [single mix]」について

『Nice』に向けて作っている曲に関しては「どこかで似たような曲を聴いた事があるような」という思いが脳裏に過ぎっても、そのまま思い付いたままに作った。
 尊敬している音楽家が少し前に「誰かと似た曲を作っているかも、と思っても気にしないでどんどん作った方がいい」と発言していたので、それに従った。

「side project」


 現在制作中の曲の中でも一番最初に取り掛かった、つまり「歌モノを作ろうと思って作った」正真正銘一番最初の曲。

・歌詞について

 作詞は夏頃に着手。実は最初はかなり所帯じみた、もっと親近感を抱かれるような日常的なフレーズが並ぶ歌詞だった。でもまず「サビの歌を全面的に変えたいな…」となりサビの歌詞が抽象的な内容になり、そのまま行こうと思っていたが歌入れまでの数か月の間に思想が変わって、今月に入ってから歌入れをする直前に「この詞じゃねえよなあ…」となり、30分程度で一部のフレーズ以外の全てを書き換えた。
 書き換えた最終稿の歌詞に関しては、最近直面した様々な出来事を反映した内容になっているけれど、それがどういうものなのかは恐らく全く伝わらない内容になっている。私は詩/詞というものを「人に伝えたくないことを大声で言える表現手法」だと思っている節がある。

 そんなわけで、歌詞に関しては一番最初のバージョンと比べると殆ど原形を留めていない(上書き保存したのでこの一番最初の歌詞は残っていない)。特にメロ部分は完全に別物。
 一部の語句や意味合い自体は残ったフレーズも幾つかあるけど、完全に初稿と同じ形で残っているフレーズは「歌詞だけいい顔してもしょうがない」「エコバッグを忘れないで」「アバターなんて作らないで」の三つしかない。

「ゴミ袋を買わないで」「エコバッグを忘れないで」は日常生活とこの歌詞の接点を残すためにあえて手を付けなかった…はずなんだけど、実は歌詞には「レジ袋を買わないで」と書いてあった。
 しかし完成した音源を聞いたら、加工のせいで自分の歌なのに何度聴いても「ゴミ袋」と歌っているように聞こえてしまい(よく聴くと「レジ袋」にも聞こえる)、「”ゴミ袋は買わないで”の方が退廃感が出ていていいな!」と思ったので結局歌詞の方を書き換えてしまった。なので「エコバッグを忘れないで」の方しか残らなかったという。

「アバターなんて作らないで」に関してはあまりフォロワーなどにいい顔されないフレーズだろうなと思ったけど、絶対に最後まで残そうと思った。この一言を言うために作った歌詞なので、これを発表してリムーブされようがブロ解されようがこれを変えるわけにはいかない。
 当然自分がアバターを作って活動している立場であることの矛盾を最初から織り込み済みで書いている。というか、逆に言うとそうじゃなかったらこのフレーズは出てこなかったです。いままでその形式で活動してきて良いことも悪いこともあった、というよりは「良いことばかりじゃなかった」んで。

「歌詞だけいい顔してもしょうがない」は初期の所帯じみた歌詞の名残。
 小恥ずかしい気もしたけど、これも「アバターなんて作らないで」と同じぐらい重要だと判断して残した。高橋知秋の卑屈さの象徴みたいなフレーズだよな~、と自分でも思う。

・トラックについて

 イントロなどではいかにもシューゲイザーな「安いシンセストリングス」が鳴っているけれども、実は制作の初期段階ではもうちょっとJ-POPっぽい別のシンセが乗っていた。しかしさすがに「何かっぽい」感じがありすぎたため完成版ではこの形に。

 アウトロの同じ音階を鳴らすドローンっぽいシンセとギター(ギターの方はちょっと聞こえ辛い?)は制作の最終段階で付け加えたもの。

 子供の頃スキー場に行ったときに、ゲレンデに向けてのアナウンスが丁度山とぶつかって嘘みたいにきれいなこだまになっていたのを聞いたことがあり、ボーカルにエコーをかけた仮ミックスを聞いたときにその時の記憶を思い出した。
 そのため完成音源ではエコーをさらに強調して記憶の中の音像を再現している。あといま住んでいる街でたまに鳴る防災訓練放送のイメージも混ざってるかも。

 当初はサビ辺りでボーカルに強めのディレイがかかってコーラスのようになるという構想があったのだけれども、実際にボーカルをトラックに乗せて聴いてみた際にその必要はないと判断し却下。

 それにしてもこの曲、ベースラインもコード進行もただ同じフレーズを反復しているだけなのだけれども、それでも変化が付いているように聴けるのは歌モノの特権だよなと思う。

・タイトルについて

 これについては直感的に降ってきた言葉だけれども、裏には高橋知秋という活動自体が様々な状況に対するオルタナティブである、という意味合いも一応ある。
 まあここら辺に関しては説明は無粋ということで。


「Shota Nakamura [single mix]」


 アルバム版はかなり音像変わると思うんで、先行シングルとしてDLも用意しました。良ければどうぞ。



・まず、誰?

 ネタを明かせば、これはとあるdiscordサーバーでニックネームとして名乗っている偽名であり、別に本名とかではない(当たり前だろ)。そんな言葉をタイトルにしているので最初はもっと軽いインタルード的な曲にしようとしていたのだけれど、いつの間にかそうではなくなった。

・歌詞について

 英詞にすることは割と最初から決まっていた記憶がある。仮のトラックが出来た時点で鼻歌のように音感を気にしつつ組み立てた。

 内容に関してはフレーズごとに思い付いた出来事や思想をさらに複雑にエンコードして断片的に綴っていった散文的なものなので、何か一つの大きな意味合いで説明できるようなものではないように思う。まあ明るい内容ではないということは確実に言える。
 日本語にすると「拷問のカーテン」とか「水の正義」という意味になる割と物騒な言葉が出て来るけど、ここら辺の比喩に関しては本当に自分の中の感情や日常の中で直面した出来事を抽象的に表現するとこうなるというだけの思い付きであり、別段何か大きな意味合いを持っているわけではない。

 あと「a cut off pieces」って「a」の後に複数形付けちゃってるんで、たぶん文法的に間違ってますね。

・トラックについて

 記事の冒頭で”「どこかで似たような曲を聴いた事があるような」という思いが脳裏に過ぎっても、そのまま思い付いたままに作った”と書いたけど、この曲に関しては幾つかの曲の要素を意図的に引用して作っていった。
 それらの元ネタを明かすことはしないが…(一つだけ言うと、やかましいパートはモロにmy bloody valentine「You Made Me Realise」ですね。もっと直接的に似た曲があった気もするけど)。
 製作当初に「このまま構想を形にするとこの曲にめっちゃ似てしまうのでは」と思っていた曲があって、だったら最初から似せて作ってしまおうと一種の開き直りを持って作ったのだけれど、結果的にいろんな曲のイメージを脳内で合成して作る形になっていったため、その曲とは一部の要素が似てるっちゃあ似てる…かな…ぐらいにまで後退。良いのか悪いのかよくわからん。

 というより、出来上がった曲を実際に聴いてみると、特定の曲を引用してどうこう、というより全体的に「オルタナティブロックあるあるネタ」みたいになったなと思う。

 そうなった原因の大部分として推測できるのが、この曲の心臓部である歌の入るパートに関しては「こういう曲があったよな…」ということを頭の中で考えながら作った曲があったのだけれど、その曲が明確にどの曲なのか分からないまま完成まで行ってしまったところ。
 それに限らず、この曲は実際のところ明確な引用というよりは「確かこんな曲あったよな…」と思いながら作っていったという方が正しかったりするので、自分でも気づかないうちに様々な形の「オルタナティブロックとそのサブジャンルの幻影」を組み立てることに終始していたのかもしれない。
 そもそも当初は「イントロでめちゃくちゃ盛り上がるのに歌に入るとスカスカになる」という構造から着想していったので、最初は特定の曲を引用してどうこうというわけでもなかったということも、この結果に繋がっているのかも。

 というわけでこの曲は「オルタナティブロックあるあるネタ」です。オルタナのあるある早く言いたい。

 サビのハモりに関してはこのアレンジはサビにはどうしてもハモりが必要だという判断があり、一応事前に音階を確認して重ね録りした。でも楽譜が読めないというか理解が出来ない、コードも殆ど名前が分からない、という状態なので結構探り探りだった。

・ネタバレ

 アルバム版はやかましいパートで鳴ってるノイズがもっと前面に出てきて、あと歌のパートがこれ以上にモコモコフワフワした感じの音になる予定。

2023年8月27日日曜日

「Eternity」カバーについての覚書


 この曲をカバーするという構想自体は少し前からぼんやりとあったが、CAPSULEが8月に開催したVRCでのオンラインライブに感動したことがきっかけで本格的に実現に動いた。
 2回目の再演の直後ぐらいにすごくぼんやりとした匂わせツイートを投稿。でもこの時って制作にまだ取り掛かってなかった気がするな…。

■


 この曲を選曲したのは単純に好きだから。あと私にとってこの頃のCAPSULEの曲は高校時代のサウンドトラックであり、どれも思い入れが深い。この曲を聴くと地元の冬の乾いた空気感を思い出す。
 最近公開されたライブミックスで披露しているBPM100のスローアレンジでカバーする構想もあったものの、私の志向するアレンジが遅いテンポとあまり相性が良くなかったため却下となった。

■

 アレンジに関しては原曲の80'sなスタイルのアレンジのことはいったん忘れて(というか私の技量ではあのアレンジをコピーすることは無理)様々なダンスミュージックの要素や耳障りな音を入れるということを意識した。特に後者の「耳障りな音」は大事。高橋知秋の曲なので。
 あとはやっぱりシューゲイザー。俺たちに必要なのはシューゲイザー。

 最初にざっくりと決まったのはベースとリズムトラックの大枠で、そこからは作りながらアレンジの細部を形作っていった。
 最初に書き出したバージョンはリズムボックスの音がやたらでかく、ハイハットや左チャンネルのノイズ枠の連中の高音域が耳に刺さりまくる状態で、そこからの調整に割と苦労した記憶がある。
 各種カバーでも使っている「トラック全体を歪ませて飽和した音作りにする」という無茶な手法を今回も使っているけど、その手法の歪みが前面に出たアレンジにはなっていないかもしれない。

 前回の「プール」はイントロをカットしたぐらいであまり曲構成を変えていないけれど、今回は曲構成も結構ガッツリ手を入れている。
 これに関しては…単純に気持ちの問題。

■

 ボーカルの加工の仕方は言わずもがなNuxxなアレを意識している。
 私の歌があまりにもラフすぎてオートチューンふうのキー補正を掛けたらぐにゃんぐにゃんになったので、結局この方向性で行くしかなくなった…という現実的な面もあり。

■

 映像素材は某河川敷で撮影。
 撮影時には全く意識していなかったが夏の終わりというだけあってイネ科の花粉が乱舞していたらしく、帰宅後には鼻水が止まらなくなり、翌日には胃腸の調子が最悪になった。
 見れば分かる通りライトを点けての撮影だったので虫に襲撃されるのではないかという懸念もあったが、そちらに関しては若干小さな虫が飛んでくるぐらいでそこまでではなかった(しかも完成品の映像にはほとんど映っていない)。

■

 映像に関してはスマートフォンで撮った素材を320p(!)サイズで編集して書き出し、更にエンコードソフトで劣化させたものをHD規格の編集画面に読み込んで拡大して、その映像の上にテロップを入れるという手法で製作した。

 映像編集作業に取り掛かる前に大森時生×梨×寺内康太郎という衝撃ユニットで製作されたキタニタツヤ「素敵なしゅうまつを!」のMVを見てしまい、いま自分が作っているMVにもファウンド・フッテージ感が欲しい!という衝動が生まれて、劣化の汚しを入れることに。
 完成品を見るに「これが普通の画質だったら…」と考えると若干食い足りない映像に仕上がることが目に見えていて、人の影響を受けた結果とはいえ我ながら英断だったと思う。
 本当はエンコミスとかも仕掛けたかったんだけど、もっと調べる必要がありそうと判断し今回は見送りに。

 ちなみにテロップが後入れなのは完全に好みの問題です。テロップまで潰れて見えにくいのはなんとなく嫌やねん。あと「ファウンド・フッテージを素材にして映像を作っている」という異常さもちょっと欲しかったので。

 ところどころ映像がコマ落ちしたり画面が暗転したりする箇所があるけど、あれは全部aviutl上で手動で作っている。よく見るとコマ落ちや暗転のタイミングが曲のリズムと同期している個所が多いことが分かるはず。
 もともとは映像素材のカットすべき箇所をカットし忘れたことに気付いた結果生み出した苦肉の策だったのだけど、実際再生してみたら想像以上にいい感じだったので他の場所(主に曲の上で「キメ」として捉えやすい箇所)にも仕掛けることになった。

 ちなみにrm形式でビットレートやフレームレート落としたりするのがいちばん良い感じに劣化しました。

■

 「プール」「Eternity」と続いたわけだけれども、次はこの曲をやりたいな、というのは実はうっすらと決まっている。アレンジの構想も出来ている。
 しかしその前にオリジナルの歌モノを公開すべきでは?ということも思う…まあ全ては私のやる気とキャパシティ次第ですけど。



2022年12月31日土曜日

印象に残ってる2022年リリース曲

Tohji - ULTRA RARE
Tohji - Super Ocean Man
Tohji - カモメ
Himera - Taco ft. Tohji
gummyboy - チョコボ feat. gokou kuyt
gummyboy - day and night
gummyboy - wit me
LIL SOFT TENNIS - Tennis in the house
HEAVEN - mörita
HEAVEN - so wet boys
ピーナッツくん - PetbottleRocket
rirugiliyangugili - Nxtime bymysidde feat. Lil Chill
rirugiliyangugili - 阿呆
who28 - dead star
gokou kuyt & who28 - AI
Dos Monos - だんでぃどん feat. 筒井康隆
KANDYTOWN - Curtain Call (feat. KEIJU, Ryofu, IO)
耳中華 - 進化
耳中華 - また
ano - ちゅ、多様性。
米津玄師 - KICK BACK
syrup16g - うつして
syrup16g - Maybe Understood
mophing people - Fade Away
mophing people - I Don't Care
Pavement - Be the hook
Spiral Stairs - Pressure Drop (End of the Hurricane)
ミツメ - Shadow
ミツメ - 恋はかけあし
ミツメ - メビウス
20th Century - 水曜日
LCD Soundsystem - new body rhumba
電気グルーヴ - HOMEBASE
Liella! - 水しぶきのサイン
禁断の多数決 - goody goody gumdrops
禁断の多数決、誉田ユウヒ、玉江奏 - ユウヒはある日突然に
Ginger Root - Loneliness
ジョナゴールド - 7号線
ジョナゴールド - ハジマリズム
Night Tempo feat. 降幡愛 - Be With You
Jumping Kiss - キッスはあげない
CAPSULE - シーサイド・ウォーキング
CAPSULE - スターリー・ナイト
CAPSULE - Etarnity (2022 Live Mix)
滝原さや - ダーク陰陽師
新妻ネトラ - 泡沫
月が峰†ぴょん - 落伍と蟲毒
麓健一 - How (home demo mix)
麓健一 - ヘル
麓健一 - どじょう
豊田道倫 - 私の歌
小沢健二 - ラブリー (Remaster Short Edit)

2022年3月10日木曜日

VULTURE "Pavement Guitarist Scott Kannberg Picks His 10 Favorite Pavement Songs" 和訳

 2015年にVULTUREというwebメディアに掲載された、スコット・カンバーグへのインタビュー記事「Pavementのギタリスト、スコット・カンバーグによるお気に入りのPavementの曲10選」をdeepl翻訳などを駆使して自分なりに和訳した記事です。技術の進歩に乾杯。

※プロでも何でもないし、もともと自分用に訳したものなので、一応deepl翻訳の癖をちゃんと頭に入れて作業したので出来るだけミスは省きましたが、意訳で乗り切ったところもあるので誤訳があるかもしれません。許してくれ。
※序文の翻訳は省略しています。一応訳したのですが、何せ7年前のリリース情報と記事の説明が洒落た言い回しで書いてあるだけなので…。
※改行は訳者によるものです。

元記事URL:https://www.vulture.com/2015/08/kannberg-favorite-pavement-songs.html

--------------------以下訳文--------------------

"Box Elder" ["Westing (By Musket and Sextant)" (1989–1993)]

 これは僕がスティーヴンと一緒に演奏するようになった、一番最初の曲。
 僕らはPavementの前に、大学の同級生と一緒にちょっとした、変なインストバンドをやっていたんだ。みんなで集まってセッションをするような感じで、ライブも何回かやった。でもそんなに良いバンドではなかったな。夏休みのある日、みんなで集まってこの曲を演奏していたら―この「Box Elder」はずっと僕の頭の中にあった曲だったんだけど―スティーヴンがこの曲に歌メロと歌詞を付け始めたんだ。

 この頃スティーヴンは大学内のカレッジ・ラジオ局にいて、僕は地元のレコード店で働いていた。だから僕らは当時のインディーズのシーンについて知っていたんだ。K Recordsみたいな、クールな7インチを出すようなレーベルがあるシーンをね。だから僕らも、「自分の作品を出してみようぜ」ってことになった。

 後にPavementの最初のドラマーになるゲイリーがやっていたスタジオに入って、その日の一週間ぐらい前に作った5、6曲と一緒にこの曲をシングルにしたんだ。このたった一枚のシングルこそが当時のPavementが目標にしていたもので、僕らの活動はこれで終わるものだと思っていた。他のことをやる気なんて全然なかったんだ。そのあとスティーヴンはヨーロッパかどこかにバカンスに行っちゃったから、このシングルのリリースに関する作業は僕がやることになった。

 そのささやかなシングルの中で、この曲が一番人気になった。
 この曲はジョン・ピールの耳に届いて、更にはWedding Presentにまでカバーされた。みんなこの曲に興奮していたし、ファンジンもこぞってこの曲についての記事を書いた。この曲が僕らをブレイクさせてくれたんだ。Pavementの活動の土台になった曲だね。


"Forklift" ["Westing (By Musket and Sextant)" (1989–1993)]

 僕の中で、Pavementは三つの時期に分けられる。最初の時期は、僕とスティーヴンがドラムを含めた全てを演奏してシングルを作っていた時期。その次が、ゲイリーと一緒に『Slanted & Enchanted』を作って、ツアーをやった時期。その後のスティーヴ・ウェストが参加してからがその次の時期、って感じかな。それぞれの時期に好きな曲があるよ。

 この頃はスティーヴンがPavementから脱退していて殆どバンドの体を成していなかったから、他のメンバーで曲をレコーディングしていた。この「Forklift」も、その時作った曲の中の一曲。

 ある日突然スティーヴンがバンドに戻ってきたから、この曲を弾いて聴かせてみたら、彼は「よし、この曲をPavementで作り直してそれでもう一枚7インチシングルを作ろう」というようなことを言い出した。この「Forklift」は大学でルームメイトだった別のドラマーと作った曲だったんだ。

 僕らがライブ活動を始めた最初の頃に、とても人気のあった曲。
 なんか本当にThe Fallみたいな曲だね。スティーヴンが取り留めのない、それでいて素晴らしい歌詞を書いてくれたんだけど、この詞を歌うのはかなり難しかったと思う。この歌詞を書いたころ、スティーヴンはジェイムズ・ジョイスの本をたくさん読んでたんじゃないかな。


"Two States" ["Slanted and Enchanted" (1993)]

 僕は元々、地理とか都市計画に興味があって、この「Two States」のアイデアもそこから生まれたもの。
 カリフォルニア州が二つに分かれていることは常に問題を孕んでいる。何故かというと、北カリフォルニアは南カリフォルニアに水を取られてしまうからだ。もし君が北部で育ったら、南部のことが本当に嫌になっているよ。笑えることに僕はいま南部に住んでいるんだけど、「僕はこんなところで何をやってるんだ?」って思うもんな。南部は全然干ばつに対応してないんだ。まだ水が安いからね。でもそのうち水の値段がもっと上がって、皆どうにもならなくなるだろうな。
 この「Two States」にもThe Fallの要素がある。…今まで沢山のバンドがいたけど、僕らのようにThe Fallをコピーしようとしていたバンドはいなかった。そういえば、マーク・E・スミスがグラストンベリーで演奏しているときに、小便を漏らしたことがあるって話を読んだところだよ。彼がただ突っ立ってるだけのひっどい映像が残ってるんだ。


"Summer Babe" ["Slanted and Enchanted" (1993)]

 初期の曲からもう一つ、様々な意味合いを持っている曲を。歌詞が鮮明で、シンプルなところが多くの人々を惹き付けたんだろうな、と思う。
 実はこれは『Crooked Rain, Crooked Rain』以前に作った曲の中で、録音にベースを使用した唯一の曲なんだ。他の曲は全部ギターだけで録音している。


"Newark Wilder" ["Crooked Rain, Crooked Rain" (1994)]

 Pavementの曲の中でも最も奇妙な存在だろう。本当に不思議な曲だ。僕にとっては、この曲こそが、Pavementが別の方向性へと向かい始めた瞬間のように思える。どう説明したらいいか分からないんだけど、でもこの曲は他のPavementの曲と比べるとプロダクションがものすごくクールだし、歌詞もすごい不思議で、まるでR.E.Mの『Murmur』に入っている曲みたいなんだ。
 今でもこの曲を聴くと、Pavementの中でもすごい変な曲だよなあって思う。『Crooked Rain, Crooked Rain』の他の曲はどれも直接的で即効性があるんだけど、この曲は繊細で暗いよね。
 演奏するのも難しい曲だから、ライブ音源がないか探してみたんだ。ライブではあまり演らなかっただろうね、この曲は。
 スティーヴンのチューニングは本当に不思議でね。どういう風になっているのかは僕はあまり分からないんだけど、彼は本当に…僕が理解できないような不思議なチューニングの仕方を幾つも習得している。そのチューニングがこの曲をより奇妙なものにしていると思う。


[訳注:やたらと意味合いが重複する文章が多いですが、ほぼそのまま訳してます。スコットはこの曲の存在をどんだけ不思議に思っているんだ…]


"Kennel District" ["Wowee Zowee" (1995)]

 僕が歌っている曲の中で一番人気があるのはこれだろうね。
 実は『Crooked Rain, Crooked Rain』の頃に一回レコーディングしているんだけど全然完成しなくて、結局『Wowee Zowee』のために作り直したんだ。メロ→サビ→メロの繰り返しがかなり多い曲。
 最後のアルバム以外では、必ず僕が数曲ほどメインで歌っているんだ。この曲でスティーヴンはギターを担当して素晴らしいプレイを見せている。

 Pavementの曲の中でも特に人気がある曲であることは間違いないね。だからライブでは必ずと言って良いほど演奏することになるんだけど、別に良いよ。全然気にしてない。


"Give it a Day" ["Pacific Trim" (1996)]
[訳注:『Wowee Zowee』のSordid Sentinels Editionに収録されているためか記事内では『Wowee Zowee』の楽曲と紹介されているが、これは誤りで『Wowee Zowee』のオリジナル盤には未収録、1996年にリリースされたEP『Pacific Trim』及び同タイトルのEPが初出。ところでこのEP、discogsには1995年にリリースされているとあるけど他の資料にはだいたい1996年リリースとあって、正確にはどっちなの?]

 スティーヴンが作って、スティーヴ・ウェストとレコーディングした曲だ。僕はこの曲では何もしていない。

 確かSilver Jewsのレコーディングをするはずの日に、デイビットが不安になってスタジオに来れなくなっちゃったんだと思う。だからその時間を使って、3、4曲ぐらい録音したらしいんだけど、その中の一曲だね。
 スティーヴンが書いた曲の中で最も好きなもののひとつ。彼はその気になればポップなキラーチューンが書けるんだけど―この曲は、僕にとって完璧なポップミュージックと言えるような存在なんだ。僕はこの曲を聴く度に、演奏に参加できた人々に対してずーっと嫉妬していたんだけど、それでもこの曲をPavementの曲として世に出すことができて良かったと思うよ。どれだけ時間が経とうが古びない。歌詞もとても素晴らしい。本当にヤバいメロディだし、スティーブンの歌い方も美しいよね。今でも、彼が書いた曲の中で一番好きな曲。

 あとは「Major Leagues」も本当に好きな曲なんだけど、あれももっと偉大な存在になってもおかしくないキラーチューンだったと思うんだよな。


"Type Slowly" ["Brighten the Corners" (1997)]

 とても面白い、言葉数の多い曲。
 僕らのライブでは「Fight This Generation」と並んで伝説的な曲。ライブではセッションパートを挟むんだけど、そこにものすごく感動的な流れがある。そのライブバージョンはチベタン・フリーダム・コンサートのために作ったんだ。
 ライブで演奏するときに一番楽しい曲。クラシックなロックのPavement版みたいな曲だね。例えば、ニール・ヤングみたいな。


"Major Leagues" ["Terror Twilight" (1999)]

 マルクマスが書いた曲の中で最も好きなものの一つ。
 これと「Carrot Rope」はマルクマスが作った古典的なポップソングで、どちらも彼が嫌っている曲。彼は素晴らしいポップソングを演奏することに対して、何かと抵抗があったらしい。だから僕は彼にそれをやらせるんだ。いつも言うんだよ、「これはアルバムに入れようよ!すごい良い曲だよ」って。僕がそう言うと、彼は最終的には降参してアルバムに曲を入れてくれるから。僕にとって、これは本当にシンプルに美しい曲だ。『Terror Twilight』はナイジェル・ゴドリッチと一緒に作ったアルバム。このアルバムは本当に素晴らしくて、ちょっと倦怠感がある感じがとても良い。Echo and Bunnymenの『Ocean Rain』を思い出すような。
 …わかんないんだけどさ、この曲が3~4年早く出てたら、僕らはWeezerやSmashing Punpkinsみたいに有名な存在になっていたかもしれないね。でも、僕らにはマネージメントの概念が無かったんだ。ただ集まって、セッションして、アルバムを作って、ツアーに出て、そして元の日常に帰る。僕らはそれぞれ別の土地に住んでいたし、それに全員が自分たちのやっていることに満足していて、幸せだったから。
 あの頃、他のバンドにはマネージメント役が付いていて、みんなロックスターになりたがっていた。そんなバンド達がどこからともなく現れた。そして誰かが彼らにこう吹き込むんだ…「君たちはNirvanaみたいな音楽をやっているから、ロックスターになれるよ!」って。いや、彼らが良い音楽を作っていなかった、とは言わないよ。みんなちゃんと良い曲は作っていたはず。


"The Hexx" ["Terror Twilight" (1999)]

 この曲は『Brighten the Corners』で「And Then」ってバージョンを作った。[訳注:「And Then (The Hexx)」。7インチシングル「Spit On a Stranger」のB面に編集版が収録され、後に『Brighten the Corners: Nicene Creedence ed.』に長らく未発表だったフルバージョンが収録された]本当に何回も演奏した曲だし、その結果として全く別物の、猛獣みたいな存在になった。

 当時、Pavementのライブに何度も来てくれるようなファンが集まり始めていたし、あとPhishのファンも来てくれるようになったんだ。彼らにとってこの曲は本当に魅力的だったんだろうな。
 この曲の歌詞に、大好きな一節があってね―「駐車場に集合する」。これはアメリカのありとあらゆる場所が駐車場になってしまうことを表現した言葉。このフレーズがずっと好きだった。

2022年1月18日火曜日

Marshmallow Archives

 マシュマロを退会したので、質問と回答を纏めました。マシュマロの質問を記事化していいのかという点に関しては、利用規約に一応目を通したけど、多分大丈夫。
 たまにある回答がないやつは、ミスではなく回答そのものをしなかった質問です。また、質問中にある■で伏せてある部分はマシュマロの機能で最初から伏字になっていたものです。
 私の質問は削除して欲しい、という方がいましたらDM等でご連絡ください。対処します。

☆

本編に入る前に質問を保存し忘れた回答を見つけたので、記憶する限りの質問の概要と私の回答を。

Q:(「おっごごごっごおごごっごwwww」についての質問)
A:最初にあれをコメントしたのはクユリさんがやってたツイキャスだと思う(たぶんアーカイブは残っていない)のですが、どういう意図だったかはあまり覚えてないですね…

Q:(たぶん、高橋知秋の活動に影響を与えたものについての質問…?)
A:音楽の存在は言うまでも無く大きいと思います。あと同じぐらいインターネットの存在が大きいですね。特に高橋知秋の活動の上では私の中のインターネットに対する姿勢が強く表出していると思う。

Q:(確か、黒いマスクは使わないのか?という内容の質問だったと思われる)
A:特に思うところはないのですが、「ファッショナブルすぎてコンセプトとはずれが生じるのでアバターには使わない」というのはアバター作りはじめた時には決まってました
(追記:現在はVカツアバターの仕様を終了する方向で動いていて、そうなるとマスクの装着に手間がかかるので、その意味でも黒マスクの装着は無いでしょうね)

Q:(睡眠時間をいつ取っているかについての質問)
A:twitterをやっているときは起きています。それ以外の時間に寝たり、twitter以外のことをやったりしています。

Q:(最近食べておいしかったものについての質問)
A:シャインマスカットを食べる機会がありました。果物がウマすぎると人って笑うんですね…。

…

Q:ここに、しおと醤油と豚骨の3種類のラーメンがあるじゃろ?君ならなにを選ぶ?
A:どれもそれなりに好きなのでめちゃくちゃ迷いますね…でもとりあえず醤油かな…

Q:高橋知秋さんの初恋とか、甘酸っぱい話あったりしますか?あったら聞いてみたいです!
A:そういうエピソードは特にないですね…実は味覚以外の思い出等に「甘酸っぱい」という風味が付随する感覚が分からないです。そうした感性が欠落しているかも。

Q:好きなおにぎりは何ちゅーるですか
A:しごんさんですね?

Q:こどものころ、感電してみたくてコンセントに指当てながら差し込んだりしなかった?したよね?
A:理科の授業で使うエナメル線で電動鉛筆削りを動かせるのではないか?ということを試した結果、火花を飛ばしたことがあります。

Q:3周年も4周年も、100周年も高橋知秋のファンであり続けます。
A:やめとけ。

Q:幸せですか?
A:時と場合と定義によります。今現在、主観としてはそこまででもないですが、情況的には幸せな方ではないでしょうか。

Q:バズりてえんだがどうすればいいと思う?
A:「バズる」ことによって本当にあなたの内面は充実するのか、そして活動に良い影響が与えられるのかどうか、そこから考えてみるのはどうでしょう。

Q:ちあぴ!2周年おめでと~
 いつもありがとう助かりの民 
 ちあぴに出会わなければ多様な音楽を知ることがなかったとおもいます あといつも狂ったこといってくれてありがとう これからもよろしくね
A:Elselさんありがとうございます!

Q:知秋さん2周年おめでとうございます!
 いつもありがとう、という気持ちは誰よりも持っているつもりです。
 知秋さんが反応してくれると『インターネットに生きている』という感覚が持てて最高です、独りよがりですが。
 音楽に言葉に顕される高橋知秋さんをこれからも楽しみにしています。
A:ありがとうございます…!少しでも何か足しになれているのであればこれほど嬉しいことはありません。今後とも宜しくお願いいたします。

Q:2周年おめでとうございまちゅー🎉
 涙腺がゆるゆるなので涙ちょちょ切れますね😭😭
 陰ながら応援しております!
 ところで好きなおにぎりの具は何なんですか?!?!???
A:ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。好きなおにぎりの具はツナマヨ、いくら、ネギトロ、梅、焼きたらこ。
(追記:おかかを書き忘れた)

Q:|壁|ω゚) 2周年、おめでとうございます…!!!
A:ありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。壁に「壁」と書いてあるのですね。

Q:二周年おめでとうございます!
 音楽に対する造詣の深さ、とても刺激になります。
 また、時折り垣間見せる”狂い“がたまらなく好きです。
 次の三周年、楽しみにしています!
A:ありがとうございます!これからも宜しくお願いします。狂いの部分については皆さんがポジティブに受け取れるレベルに何とか抑えていこうと思っております。

Q:知秋さん2周年おめでとうございます!
 陰ながら応援してます~!
 Elselさんとのやりとりが好きです
A:ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。Elselさんにも伝えておきます。

Q:高橋知秋さんこんばんは。はじめまして。
 貴方様のフォロワーのフォロワーです!
 質問なのですが、
 ながなわゲートウェイとはなんですか?
 たまにその単語がTLに流れてきていたので気になって質問しちゃいました。
A:はじめまして。「ながなわゲートウェイ」については2018年の12月に最初に呟いているんですが、これが何かは私も未だに分かっていません。しかしながら高橋知秋の本質に近いフレーズの一つかもしれません。

Q:ながなわゲートウェイについての回答ありがとうございます。
 ながなわゲートウェイ...なぜか分からないのですが、妙に頭に残るワードだったので質問出来て良かったです。
 仕事中に気を抜くと虚無になることが多々あるのですが、その時たまに『ながなわゲートウェイ』の単語がふと頭に浮かぶようになりました。
A:私も自分で生み出した言葉にもかかわらず呪いのようにリフレインすることがあります。

Q:最近食べて美味しかったものありますか
A:前も質問していただいた方でしょうか。残念ながら、先週この質問に対して回答として用意した「シャインマスカット」を超えるものが未だに現れていません。シャインマスカット、本当にヤバかった…

Q:今までに非人道的あるいは倫理に反することをしたことはありますか、またそれはなんですか?答えたくない場合はうまい棒は何味が好きですか?
A:マジでこの質問は何ですか?

Q:ご飯にシチューかけるのは許せますか?
A:そもそもホワイトシチューそのものがあまり好きじゃないので(ビーフシチューは好き)、許すとか許さないとかそういう風に熱くなる気持ちを持てないんですよね

Q:この前、セブンでレトルトのカレーを買ったらビーフシチューでした。食べても気付きませんでした。その時一緒にご飯食べてた人に指摘されて気付きました。味覚に頓着が無さすぎる。
 知秋さんはこんな事ありましたか?
A:ないよ…と思ったけど、同じアソートに入ってた、するめ味の豆と鮭とば味の豆を混同してた事ならある。

Q:うどんの麺は踏むとコシが出ますが、韻は、韻は踏むとどうなるのでしょうか。
 どちらも踏み過ぎはよくないのかなぁ、、、と一人で悩んでいます。
 差し支えなければご意見いただけないでしょうか。
A:押韻はやりすぎるとダジャレみたいになりますが、それもあまり目立つ韻ばかりだとそうなるという話であり、やり方次第じゃないでしょうか。ところで、うどんと韻は「踏む」の意味が違うと思うのですが。

Q:ミルクボーロ
A:せめて質問を送ってください。

Q:おごごっごごっる時どんな気持ちでおごごっごごってるんですか?
A:いつも「全然知らない人が見たら荒らしに見えるかもしれないな、いつかそのせいで皆に見捨てられるんだろうな」と怯えながら書いています。

Q:好きなひらがなはありますか?あったらその理由をおしえてください
A:好きというわけではないですが、「み」と「る」はよくつぶやきますね。実はこれは理由というか、元ネタがあるのですが、前者はあまり思い出したくないし、後者は説明がとても長くなるので割愛します。

Q:知秋さんが絵文字を使うと、"萌え"を感じます
 普段理性的なので余計に、ぴえんとか使ってると「知秋さんのぴえんだ!!囲め囲め!!」という気持ちになります
A:高橋知秋…絵文字…絵文字芸…おさかな…🐟…🐟…

Q:╰( ^o^)╮-。・*・:≡💭(マシュマロ)
 悟りについて語ってください。
A:徳の高いお坊さんが何でもない木を見て大ウケしていて、お弟子さんが困惑していると、別のお坊さんが「悟りを開くとはああいうことだよ」と教える、という説話を読んだことがあって、いろんなことを考えましたね。
(追記:つまり悟りとは狂気と紙一重の境地なのである)

Q:2020年上半期ベストを教えてください!!!
A:上半期のことはあまり覚えてないです…

Q:高橋知秋(しなさい)
A:ハノさんですね?

Q:コインランドリーと電柱、どっちがつよいとおもいますか?

Q:知秋さんの好きな季節の時間をおしえてください!
A:秋の夕方が一番好きです。

Q:これは黙ってようかと思ってたんですけど、たまに知秋さんの字がスッと出てこなくて「しる」「あき」で変換したら「汁秋」になって、最悪だなと思いながら笑っています
A:は?

Q:ハンドルネームの後ろの部分、@とかつけてるタイプの人、どうやって呼べば良いのかわからないんだけど(フルネームのほうが失礼じゃないかなとか、でもこの場合のフルネームは@以降もつくわけだし「●●@推しのせいで瀕死ですさん」は変かなとか、でも●●の部分もそもそも気分で変動してるかもしれないし)困っちゃうよね。知秋はなんて呼んでる?
A:そんなに悩んだ割には私の名前は呼び捨てで良いと思ったんだ?
(追記:個人的に最も気に入っている回答その1)

Q:「あ羅mムズェ」についてご存じですか?
A:またマシュマロ退会しようかな
(追記:しました、だからこの記事を作った)

Q:目玉焼きが焦げています
A:この活動について考え直そうかな

Q:ミステリに出てくる謎の館について、建築家のほうからご意見を賜りたく存じます
A:建築家の方に訊いてください。ただ、よほど物理的に不可能な作りのものでもない限りは現実的に可能なのでは。そこでトリックが再現できるか否かは建物の構造というより、人間のフィジカル的な問題になると思います。

・この質問は面白かったので長めの追記
 森博嗣氏の作品『捩れ屋敷の利鈍』にメビウスの輪の形をした建物というものが出てくる。この建物は実際に作れますか?というファンの質問に対する回答は「紙とテープを使った小さいものであれば数秒で作れる。本格的に建物として再現するのであれば、恐らくは可能だろうがコストの問題になる」というようなものだった。
 全てに於いて人間のフィジカルが最大の問題になる。もしも現実的にトリックを成立させようとすれば、そのフィジカル面の問題を解消する方向で選ばれるはず…ということは『古畑任三郎』シリーズを数話ほど見たことがある人ならばわかるだろう。
 つまり「謎の館」はあくまでエンタメ的なギミックなんだろうなとは思うけど、それはミステリの読者は(おそらく)全員が無意識のうちに理解していることでもある。
 一切ミステリとは無縁な建築家が、そうした「ミステリの舞台設定のために最適化された架空の建造物」についてどう思うかは私も知りたい。

Q:家電の空き箱の捨てどき教えて
A:引っ越す可能性があるなら捨てない方が良いよ

Q:わかめとこんぶどっちか選べって言われたらどっちにする?
A:和布。昆布は出汁に使うならまだしも実際に食べるのはあまり好きじゃないです

Q:レコードっていいよね
 まあ使ったことないんですけど
 知秋は使ったことある?
A:使ったことないのに「いいよね」とか言ってるの?
 それはともかくレコードは良いけど、大きいし管理も大変なので言われているほど好きではないです。
(追記:この回答をした時よりは買う機会は増えたかもしれない。でもやはりCDが一番好きだ)

Q:マスク破防軍部隊長マスクリウット・マスク
A:前に人のマシュマロに意味不明な言葉ばかり送ったツケを今こうして払わされている

Q:雨が好き あなたは雨は 好きですか
A:前は好きでしたが今は好きじゃなくなりました。
(追記:回答後に気付いたけど私も575で返せばよかったですね、これは)

Q:制服ってどのくらいの周期で洗濯する?
A:私を学生だと思ってるんですか?

Q:今意味不明なマシュマロに答え続ける知秋さんっていう図が面白すぎてげらげら笑ってる
A:じゃあお前が答えろ
(追記:個人的に最も気に入っている回答その2)

Q:最近食べて美味しかったものありますか…あるんでしょ…ねえ…
A:美味しいものを知りたがる幽霊?餃子の王将の唐揚げ、チキンラーメンはいつ食べても泣けますね…ただ圧倒的だったのはやはりシャインマスカット…

Q:未来に希望が持てません。どうしましょう。助けてください。
A:私もそんなに未来に希望を持てているわけではないので気を強く持とうぐらいしか言えない…。

Q:にゃーんにゃーん、にゃーん
A:なんだ~猫か~ってなると思ったか

Q:目玉焼きを焦がしたことで、火から目を離すなと怒られました
 料理に不向き
A:せめて質問をして欲しいです。

Q:近所の図書館には芋羊羹が実験的ですか?
A:かといってこういうのもやめてくれ

Q:積読が減りません。どうしたらいいですか
A:私も積読、積みCD、積み音楽だらけだし気にすることではないですね。いつか読もう、いつか聴こう、という気持ちが大事です。

Q:そり剃りsorry橇総理

Q:目をつぶって、「おごごごっwwwwおごごごごごごwwwおごっごご」って打ってみてください
 ドキドキ……
A:おごおおごごごおごごgっごおごごごおごごごごおwwwwwwwww
 これコメントするときはちゃんと「お」の数とか調整してるんだよ

Q:コーヒーと紅茶、どちら派ですか?
A:麦茶派です。どっちもあまり飲まないので…この二つでどちらかと聞かれたら一応紅茶の方を選ぶとは思う。

Q:(すいません!質問をミスで無くしてしまいました!プロフに書いている”雑魚”という文言についての質問だったはず!)
A:市場価値が低く釣り人に人気のない小さい魚をそう呼んだことが語源らしいです。「じゃこ」を漢字で書く際に「雑魚」と表記することもあるらしい。

Q:新コーナー!レンコンパーティーちあぴ!!!
(追記:これマジでどういうこと?)

Q:オムライスかチャーハン、どっちが好きですか
A:難問ですね…オムライス化チャーハンどちらかを選ぶなんて…私にはできない…どちらかを選ばなければいけないというあまりにも残酷な定め…その人類を縛り付ける定めを壊すために活動を続けて行こうと思います。
(追記:「オムライス化」という誤字は当時のものをそのまま転載した。オムライス化チャーハン…)

Q:レトルト食品でいちばんおいしいなとおもうものをおしえてください
A:最近はとても質が高く、何食べてもおいしいのでびっくりしますね。セブンのハンバーグは個人的に好きだけど好みが分かれそう。カルディのカレーはスパイシーだけど辛くないという絶妙な風味でうまい。

Q:知秋さん、朝ごはんはパン派?ごはん派?
 わたしはグラノーラとヨーグルトです。
A:その日によりますね。個人的には総菜パンで済ませるのが一番負担がかからずスマートだと思う…。

Q:最近寝つきが悪いのですがどうすればよく寝れると思いますか
A:二代目生活リズム壊れ太郎にその質問を!?ちなみに初代は生活リズム壊れ太郎は紫淵(むらさきふち)クユリさんです。

Q:おなかがすきました 知秋さんはどうですか
A:先程肉まんを二個食べました。余計に空腹感が煽られています。

Q:お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話お話
A:会話って知ってる?

Q:明日の夜ご飯なにがいい?
A:何だろう、明日になってみないと分からないかな…私のマシュマロ食べ物系の質問が多いな…。

Q:トリチ…明日食べます…
 マックのおすすめサイドメニュー教えてください…
A:やっぱりベタにポテトが良いんじゃないでしょうか。あと私はチキンクリスプかスパチキをもう一個単品で頼むことが多いです。
(追記:この頃の質問はマジで食べ物関連のものばかりで改めて見てみると本当に謎)

Q:腕を真っ直ぐに伸ばすとすごいことになるよ
A:毎日何かしらの理由でまっすぐ伸ばしているとは思うのですが特に何も起こりませんが。

Q:最近愛媛県について考えているんですけど、ところで高橋さんは四国で好きな県はありますか?私はアトランティスに興味があります
A:四国行ったことないですねえ…アトランティス???
(追記:アトランティス??????)

Q:逆に最近食べて美味しくなかったものありますか
A:美味しくなかったものってあまり覚えてないな…

Q:パンはパンでも食べられないフライパンな~んだ?
A:ずっと思ってたけどこのなぞなぞの回答、フライパンってパンじゃないから反則気味だよね

Q:知秋さんがえるせるちゃんてことは知秋さんはエモカワギャルでインターネットお姫様ってこと?
A:違います。
(追記:twitterで高橋知秋Elsel説みたいなのを軽い気持ちで書いたらそれに関する質問が連投された)

Q:ひょっとして、、、あの時のアメリカザリガニさんですか?
A:はあ?
(追記:これは多分このころアメリカザリガニがブームになっていたElselさんが送ってきた)

Q:高橋知秋さんは高橋知秋さんですか?それともフェイク?リアル?
A:高橋知秋は高橋知秋だよ。

Q:知秋さんが高橋さんなら高橋さんは知秋さんになりうる?ん?わかんなくなってきた…ごめんなさい…
A:なんで名前と苗字で分けようと思ったの?

Q:高橋×知秋
A:細かい部分は識者に任せます。

Q:ここがバレンタインポストちゃんですか…
A:違う!
(追記:多分2月頃に来たやつ)

Q:バレンタインでチョコレートは最大何個もらったことがありますか
A:親戚からしか貰ったことないです。学校で配られたプリントに書いてあった「バレンタインだからってお菓子を持ってくるな」って話に賛同したら家族から不評だったことがある
(追記:イベントだからって校則を破っていいのか?それはおかしいだろう、と言ったら何故か私の方がおかしいみたいな流れになった。未だに解せない)

Q:?!?!今まで見ていた魔法少女スペースSFメイド漫画は?!?!
A:そんなコンテンツなかっただろ!!!!!

Q:🍫🍫チョコをあげるね🍫🍜
A:ありがたいのですが一つ何か混ざってません?

Q:ちあきちゃんはかわいいねぇ
 うふふ
 うふふ
 うふ
A:そうですか…

Q:何が負けじゃゴラ
 高橋知秋は俺のもんだって言ってんだろ!
A:何言ってんの?

Q:百合営業しますか
A:もしもこれがリプライだったら恐らくガチで怒ってます
(追記:この時は本当に怒っていた)

Q:好みの問題も出てくるかもだけど、早めにたくさん寝たあと、朝早くの冬の空気吸って、温かいコーヒーとか飲みのも飲むと気持ちがすっとするのでおすすめです
A:ありがとうございます(午前五時に回答)
(追記:精神的に落ちていた時に来たもの。ユーモアで返しているけれど実はとてもありがたかった)

Q:おーい、高橋~野球しようぜ~
A:鉄の棒で2メートルの球体を叩く儀式ですね

Q:ぼゐラジが変な方向に向かわないよう、今後ともどうか宜しくお願いしますm(_ _)m
A:手遅れでは…?
(追記:ぼゐラジはフォロワーの方がやっている配信番組のタイトルです)

Q:春はパン
A:パンパパン

Q:ちあきおにいちゃん♡
A:なに?

Q:ブルボンならルマンドうまいけど食べるの下手すぎていつも服がおしまいになる なりませんか?
A:ルマンドを食べましょう。

Q:この前の英語ツイート翻訳したらまんま知秋さんの口調でウケました。
A:どのツイートだ…思い出せない…

Q:🐠三 ブォン
A:シャッ三🍜

Q:ちあぴとちくぴって似てますな。
 知秋さんは■■ピアスしてますか?
A:この文章をタイプしている間、少しでも自らを省みるタイミングってなかったんですか?
(追記:実はこの中でも最も印象深い部類に入る質問の一つ。セクシャルな方向の妄想を投げかけられたことが殆ど無かったので新鮮だった)

Q:生きろ、ぼくがいるだろ
A:お前、誰?

Q:ごめんて
 送っとくのでゆるして
A:許しません。

Q:ちーあぴ!野球しようぜ!!!
A:黙れ
(追記:二度目は無い)

Q:知秋さん、ブルベっぽいよね お化粧したFA描きたいです(じゃあ描け)
 知秋さん的には アバターにブルベかイエベかみたいなのありますか
A:その言葉を知りませんでした…てっきりブルーベリーかと…。

Q:英検何級もってる?
A:え?
(追記:マシュマロで来た中でも一、二を争う謎質問)

Q:高橋知秋さん、こんばんは!いぇいいぇいおさかなカーニバルの対義語を教えてください!
A:全部狂ってる…

Q:昔好きだった曲が聴けなくなることってありますか?
 過去に聴いていた曲に対して突然拒否反応が現れることがあるんですがなんででしょうか…
A:バンドなりアーティストなりをシンプルに好意を抱けなくなって聴かなくなることはある(何回か経験済み)んですが、そういう経験はあまり経験したことないな…

Q:知秋さんの囁きが聴いてみたいなー
A:もしかしたらそういうことやるようになるのか…?いや…ハイテンションの時にそういうことやるとダウナーの時に爆発する(スイカが)のでやめましょう…
(追記:スイカとメロンを同じ空間に放置すると、メロンが放出するエチレンガスをスイカが吸い込んでしまい、理論上はスイカが爆発する危険性が生じる。実際に爆発することは殆ど無いと思うが、スイカの果肉が劣化するので一緒の箱に入れることは禁忌とされている)

Q:おすすめ曲セットリストおくって
A:どういう傾向のジャンルでまとめて欲しいかといった要望があると嬉しいです

Q:よもぎの対義語ってなんだと思いますか?
A:そんなものはない

Q:知秋さんはM?ドM?
 どっち?
A:今のところSにもMにもシンパシーが無いんですよね…

Q:好きなアイスについて
A:チョコミント(安めのやつ)、パピコ、ピノ

Q:( ͡° ͜ʖ ͡°)つ■
A:たぶん絵文字か何かだと思うんだけど、何故伏字?
(追記:質問者への聞き取りで、心臓の絵文字が検閲に引っかかっていたことが後に判明)

Q:好き
A:そうですか。

Q:好き
A:結構勇気がいる発信のはずなのにさっきのマシュマロで「そうですか」とか雑な返ししてすみませんでした

Q:東京に憧れる少女 三葉
 都心に住む高校生 瀧
 クソリプを愛するツイッタラー 知秋
A:クソリプは別に好きじゃないです。

Q:よもぎハウス
A:Yomogi House is You and Me, Yomogi House is Ours, Yomogi House is Everyone.

Q:からあげ知秋さんのレモン
A:私をからあげにすな

Q:シャニマスをやろう
A:Daft Punk解散ゲームだ
(追記:フォロワーの人のシャニマス配信で延々とDaft Punkが解散したという話をした結果の回答)

Q:悲しみを感じたとき
 なにをすることで悲しみを払拭しますか?
A:すごく難しいこと訊きますね…基本的に忘れるしかしてないです…しかも完全に忘れられたことって殆どないかも…。

Q:知秋さんの好物ってなんですか?
A:食べ物?それとも別の話?

Q:おすすめの七十年代、00年代の曲、おしえて!!!くださ~~いはぁと
A:むちゃくちゃざっくりしてるな…そしてすげえ申し訳ないんだけど70年代の音楽はあまり聴いてないのでちょっと答えられず、00年代はあまりにも広すぎて回答しようが無いです…もうちょっとジャンルとか絞って頂けると嬉しいな…

Q:日曜日の憂鬱な午前中にぴったりな、2000年代の曲をおしえてくださ~~~いはぁと
A:syrup16g「回送」(03年)、スピッツ「水色の街」(02年)辺り…?
 あとSquarepusher「I Wish Could You Talk」(01年)は破壊的な『GO PLASTIC』の中にこんな曲が…というバックグラウンド込みでそのシチュにピッタリかと

Q:高橋知秋feat.ピヨ吉
A:恐れ多い

Q:フォロワーのおススメ漫画教えて!!!
 本でもOK!!!!新旧なんでも!!!
A:割と真面目に「ドラえもん」。それじゃあまりにも子供っぽすぎて嫌だ、という向きには藤子F先生の異色SF短編集をお勧めしましょう。
(追記:これのみフォロワーに広範囲に質問を投げる機能、「マシュマロシャワー」で来た質問。なので厳密に言うとこれは私向けの質問ではない。ただ、この回答でマシュマロが終了するのはキマっていると思う)

☆

 マシュマロに送られた質問に対して回答をする際、頭の中で意識していたのは森博嗣氏の『臨機応答・変問自在』だった。
 当時大学の助教授として教鞭を振るっていた森氏(という言葉を教育という概念に対して否定的な森氏に書くのは少し違う気もするが、便宜上こう表現する)が、授業の際に生徒に必ず提出させていた質問とそれに対する回答の一部をまとめた本で、私の座右の書の一つだ。
 森氏は『臨機応答・変問自在』の中で、学生に質問を提出させる理由として、何を質問するかによってその学生の評価が的確にできるから、と語っている。詳しいことは実際に読んでもらうとして。

 質問を投げかける・質問を返すという行為は、質問者と回答者、両者の自己顕示欲、自己承認欲求を簡単に満たし得る。マシュマロというサービスは、その欲求を満たす形に最適化されているとも言える。実際、私もそうした欲求を満たしたいという気持ちの基に、時折マシュマロのリンクを何回も張って質問をせがんでいた。
 思えば、マシュマロがVtuberの間でほぼ必須レベルにまで浸透しているのは、「匿名で質問をする」というサービスの建付けとそこから生まれる自己顕示欲・承認欲求の解消が、Vtuberという活動形態とその文化の中にいるファンに対してかなりエフェクティブに働いているというのはあると思う。
 もっとも、そのせいで様々な問題も起こっているようだが。

 質問という形式でのコミュニケーションを取ると、その人が私に対して何を望んでいるか、という部分が明らかになる。マシュマロは匿名サービスであり、その点でも「質問者が私に求めているもの」という部分がより強く顕現するだろう。
 その点を加味して私に投げかけられた質問を見ると、殆ど質問の体を成していないものが大部分を占めている。ここからわかるのは、質問できる場を用意した時に皆が取り上げるのは、私のユーモアの部分である、ということだ。これは…まあ、そうだろうなと思う。それ以上に書けることもない。

 しかし、そうしたユーモアで書かれた質問に対する私の回答は、どれも極端に突き放したものが多い。一部、私の印象が悪化しそうなレベルのものも見受けられる。勿論ちゃんとユーモアで返しているものも多いが。
 ただし、これに関しては理由がある。相手がふざけた質問を送ってきた際に、どこかで距離を取った方が乗っかるよりも確実に面白くなるだろう、ということを、ぼんやりと考えていたのだ。そしてそれは実際その通りだったと、この形でまとめてやりとりを再読した際に確信した。
 私も質問者と一緒になって歯止めなく馬鹿らしさに傾いてしまうと、送られた質問の中の面白味のある無意味さが、単なるおふざけとして霧散してしまう。その無意味さは恐らく非常に繊細なもので、私が突き放す態度を取らなければきっと保持できなかっただろう。
 …と書いたはいいけれど、そもそも一緒にふざけて遊びたいのであれば匿名でやる理由がそもそも無い、というのが事実で、マシュマロというサービスではそもそもこうしたユーモアはある程度突き放すしか選択肢がないような気もする。

 唯一、質問がユーモアばかりに傾かなかった日がある。それは私の活動が2周年を迎えた日だ。リプライだと伝えづらい気持ちもあるかもしれない、と思いマシュマロをせがんでみたところ、二周年の記念日の終わり際にたくさん(当社比)のメッセージが来て、この時は嬉しかった。

 気付くといつの間にか、マシュマロをほとんどせがまなくなった。
 VRCでかなり頻繁に友達と遊ぶようになってから、質問のやりとりによって満たされる欲求に対してそこまで気を砕かなくなってしまったというのもあるが、それ以上に「匿名の質問を待ち続ける」という行為のコストパフォーマンスの悪さに気付いてしまったという側面が一番大きいと思う。
 そもそも私は一介のtwitterユーザーに過ぎず、Vtuberでも何でもない。匿名の質問に答える意味も特にない。

 運営に対する懐疑が生まれた結果としてマシュマロを退会したわけだけれども、それでも私は今後も自らの承認欲求を満たす為に、ハッシュタグや診断メーカーなどを用いて質問を受け付けることになるだろう。
 しかし一方で、私が質問を受け付けたところで何の意味があるのか、ということはこれを機に改めて考えたいとも思う。

 誰かが私に関心を抱き、その関心が質問という形で表出し、もしもそれに対して回答を望まれるなら、それはとても素晴らしくありがたいことで、当然ながら私はその質問に対して回答すべきである。
 しかし自らの承認欲求のために、私から「質問をしたくなる」環境や動線を作らせることは正しいのか。
 そうした疑問は持ち続けたい。

2021年12月21日火曜日

 

【お知らせというほどでもないお知らせ】

 VRCにおいて、少なくともしばらくの間、集会/会と呼ばれるものには基本的に参加しない・断ることにしました。

 これには理由が二つあります。

 もともとコミュニケーションというものがそこまで得意ではないこともあり、例えば友達同士(これはVRCに於けるFriendsとは異なる意味合いを持つ、本来の意味合いに近いニュアンスです)で遊んでいるときに、会ったことのない人が流れでひとりふたり参加する程度ならば私もある程度の対処ができます。なので、もしそうなってもあまり気にしないでください。
 しかし、これが3人から4人以上になると一気にキャパオーバーになり、例えば言葉を発することができなくなったり、逆に変に気を回して話しかけようとしてしまったり、どちらにせよ気を揉んで精神的に非常に消耗してしまうので、まずこうしたことをできるだけ少なくしたい、というのがひとつ。

 そしてもうひとつ、様々な面において私はあまり人との繋がりを広げない方が、あなたにも、そして私にも幸福だろう、というのがありまして。
 日頃からtwitterを見て頂いている人ならわかるかもしれませんが、そもそものところ、私はVRCやアバター文化の界隈とはあまり相容れない思想や要素を持った人間なので、正直そうした界隈の人たちと交流をすること自体が様々な面で危ういという風に考え始めています。これは断言しても構わないと思うのでそうさせて頂くのですが、現在の状況に関しては間違いなく”たまたま上手く行っているだけ”です。

 以上の二つの理由があり、こうした判断に至りました。なので、そうしたイベントがある日のFriendとの合流も、そうしたイベントがひと段落した後、ということになると思います。場合によっては顔を合わせないことも多くなるでしょう。私としてもとても寂しいですが、正直寂しい方がマシだった、という風にならないための対処です。

 とはいえ私も寂しがり屋ではあるし、友達と遊びたいという気持ちは普通に、というより人一倍ありますので、Friend各位においては(唐突ながら、こんな奴と遊んでくれていつも本当にありがとうございます)もしも私がフラフラ遊び回っているところを見かけたら気軽に構ってやってください。いや、勿論、普通にこいつ嫌だなと思っている人もいると思うので、構わなくてもいいですが。私も今日は嫌だなと思ったら普通に断るし。

 以上、非常に身勝手で、場合によってはどうでもいい話ではありますが、一応ご報告まで。

高橋知秋

2021年9月29日水曜日

解題、『As I See You』


 
 数年前に、ある展覧会で映像作家の飯村隆彦氏によるインスタレーション作品を見た。タイトルは「AS I SEE YOU SEE ME」。このニュアンスを掴むのがやや難しい英文は、作者自身によって「私があなたを見るように、あなたは私を見る」と訳されている。
 2台のカメラとそれが接続された2台のモニターから構成された作品で、モニターは向かい合った形で置かれており、その画面には「I」「YOU」と書かれている。
  モニターの横にはカメラが置いてあるが、実際にはそれぞれのモニターは反対側のモニターの横にあるカメラと接続されており、よってモニターは観客の先入観を裏切る風景を映し出す。
 もともとは2台のカメラや壁に書かれたタイトルの英文などを用いたパフォーマンスとして発表された作品らしく、私が見たのはそのインスタレーション版、ということらしい。

 このEPのタイトルがその作品から無意識に引用されたものであることに、音源の製作後に気付いた。

 高橋知秋としての音楽作品は大きく3つに分けられる。『Mind Seeker』『Trance』のような比較的ダンスミュージックに近い文脈からアプローチをとっているもの、『Cherry Blood』『A lone dance』のような非音楽的なアプローチを前面に置いているもの、そしてその中間。今回ははっきりと、非音楽的な傾向を意識して制作した。
 制作手法とその手法を選んだ意図は、全て『A lone dance』からの流れを汲んだものだ。

 製作時、音によって「見る」こと/音を「見る」こと、という意識は何となくあった。
 例えば2曲目の「19_2」は強めの眠気で意識が混濁した状態のなか、「ハウリングのような音が聴きたい」という意志だけで録音し続けた音を、意識が覚醒している時間帯に編集した曲だ。
 このような情報を与えられると、聴き手はそうした先入観を持ってこの曲を聴くことになり、(作り手である私自身でさえ)その音の揺らぎに眠気の存在を察知する可能性が与えられるわけだけれども、一方で音は音として独立した存在であり、我々は説明による先入観以外の方法では(作り手である私自身でさえ)そこに感情や意味合いを付与することが出来ない。

 音楽は時間の経過を意識することを常に強いる。絵や写真や風景のように一つの場所から全体を俯瞰することは不可能だ。全体を見通すためには、必ず演奏開始から演奏終了まで聴き通さなければならない。その特殊性については何年も前から、ずっと、というのは嘘になるけれども、少なくとも定期的には考え続けている。
 それを踏まえると、最初に高橋知秋として音楽作品を公開する際に立てた目標の一つ「退屈を恐れない」は「時間の経過に対してアクションを起こさないことを恐れない」とも言い換えが可能になる。
 当然だけどアクションを起こしたほうがリスナーには物事を伝えやすいし、私自身も快適ではある。実際にアクションを取り続けることによって構成された『Trance』『Area Of Karma』のような作品も作ったし、別にそれが嫌というわけではない。
 しかしその代わり、今作のようにアクションを取らない手法も行う必要がある。高橋知秋の音楽活動はそのためのプロジェクトでもあるからだ。

 3曲目の「27」は『kiroku_to_kioku』などの諸作で活躍しているカセットレコーダーを用いたフィールドレコーディングだ。外に出たときに虫の声を聞いたことでこの曲の構想を思いつき、家からカセットレコーダーを持ち出して、近所の公園で録音した。
 この制作過程を加味すると、今作の背後には「アクションを起こさないために様々なアクションが必要とされる」という矛盾した事実も存在していることになる。

 結局のところ、「見る」とはどういうことなのだろう?
 人間にとって「見る」ことは永遠のテーマの一つだと私は考えている。そしてそれは「聴く」ことも同じだとも。

 数年前に展覧会で見た「私があなたを見るように、あなたは私を見る」という言葉、そしてその言葉の基に、2台のカメラと2台のモニターを用いて視界が拡張された様が、このような形を伴って無意識下から浮上したのが「高橋知秋の活動の3周年」というタイミングだったことに、奇妙な符合の存在を感じそうになる。

 しかし、私たちはしきりに物事を必然と偶然に分けたがるけれども、必然も偶然も人間の中にしかない。本当に存在しているのは原因と結果による事実、そしてどこまでも決しない曖昧な現在だけだ。
 そうした曖昧な部分を「見る」ために、私はこのような形の音楽作品を作っているのかもしれないと、この文章を書いていてふと思った。

 最後に。
 4曲目の「28」。この曲には未来への希望を望むような曖昧な願望が、僅かながら、しかし確実に反映されている―と完成後に音源を聴いて確信した。そのようなことは製作時には全く意識しておらず、音源を聴き返した際には少し驚いた。
 斯くして、音を通して私は私自身を「見た」のである。それは丁度、まるで映像の中に映り込む自らを「見た」かのように。

高橋知秋

2021年8月20日金曜日

解題、"A Lone Dance"


 ダンスとは元々呪術であり、祝祭のための手段だ。つまりはyoutubeやTikTokで既存の曲に合わせてコミカルに踊る人たちも、遠くの祝祭や呪術と接続されている。つまり、私達はいつか暗闇で一人で踊らなければならない。それは誰でもなく他でもない自らのために祈祷することに他ならない。

 高橋知秋として作る音楽は、元々「退屈を恐れない」ことをコンセプトに掲げていた。自分自身にとって必要な表現を優先し、聴き手への配慮は排除する。そうしたことを試みたかった。最近の作品ではその点を忘れがちだったような気がしていたのだけれど、前作の『Area Of Karma』が全編ノイズミュージックだった時点で「その点を忘れがち」というのは単なる気のせいだったような気もする。…いや、どうかな。『Area Of Karma』のコンセプトの一つは「ノイズミュージックをポップソングと同じように聴かせたい」だったので。

 ともかく、今作では一つの音の持続とその変質をテーマにして制作した。トラックを数個使って重ね録りをするなどなかなかややこしいことをやったため製作に時間がかかった『Area Of Karma』に対して、今作は一つの音をただ変質させるだけの内容なので録音そのものも非常に短時間で終わり、一日で全ての作業が終わった。
 録音は2回行い、前半で3テイク、後半で3テイクを録音。そのうち後半の3テイクを中心に選曲した。前半のテイクから選んだのは「monument to virtual youtubers」の1曲のみ。

 相変わらずユーザーフレンドリーじゃない作品だな、とも思うが、そもそも聴き手への配慮が排除されているのだから仕方がない。1曲目の「a personality without publicness」は耳に刺さる音をメインにしているので、流石に多少音量を下げたけど。

 今作の背景には最近の心の動きがある。全ての創作物はそう…というか、それは当たり前のことなのかもしれないけれども、私の作品はもうちょっとコンセプト決め打ちで作ることが多いので意図的に「心の動きをテーマにしよう」とやらないと少なくとも自覚的な面では接続されない。詳しく書けば、例えば「a personality without publicness」は最近ネット上で遭遇した出来事を基にしているし、「monument to virtual youtubers」はタイトルの時点で全てお察し、と言えるだろう。
 勿論、これらの楽曲は私の感情をナマで取り扱っているわけではなく(一応「反射的なツイート」を避けているとはいえ思考をそのまま言葉にして吐き出しているツイートとはわけが違う)、その感情に付随する思想や思考、個人的に観察した潮流などと言ったバックグラウンドの部分も加味して制作している…けれども、それも当たり前のことか。

 浅学なのでどこから手を付ければいいのかわからないけれど、最近は初期の電子音楽の意匠に非常に興味を持っていて、spotifyでサーチしたりしている。重ね録りも殆どなく、純粋なシンセサイザーの音の質感だけを拡張せんとしている姿勢、そして一つの音が緩やかに変質していく様子そのものを演出を排して取り出して見せる行為に、非常に興味がある。今作はそうした私の直近の興味を、多少ドラスティックに表出した作品でもある。

 余談。「monument to virtual youtubers」はちょっと初期OPNっぽすぎない?という疑念があり、収録候補から外される可能性もあったのだけれど、最終的にはこの曲の存在によって全体が締まるし、それに「まあ、大丈夫やろ…」となったので収録した。というか作り込みが全然違うのでOPNに失礼だよね。ごめんOPN。

 アートワークには前作『Area Of Karma』から引き続き、著作権が切れパブリックドメインとなった海外の児童書からの素材を用いた。Henriette Willebeek le Mairという絵本作家の人が描いた絵をトリミングして使用している。

 何度も書いているように、今作の製作に際して、私はとても単純な事しかやっていない。何らかのシンセ系の機材を用意して、一つの音を鳴らし、そこにエフェクトをかけながら多少機材のつまみを回し続ければ、恐らく誰でもこれと同じようなものができる。しかしそんな事はどうだっていい。私は私の興味のためにこれらの音を鳴らす必要があったのだ。暗闇で一人で踊ることと同じように。

2021年8月
高橋知秋

2021年4月14日水曜日

解題、"Area Of Karma"

 

 人間が生きる上で、「業」というものが必ず付いて回るという。
 ご存じの方も多いとは思うが、これは宗教的な考えが元になっている言葉である。しかし世俗的に使われている言葉としてはネガティブなニュアンスで使われている現場の方によく出くわすので、私もこの言葉に対して一方的にネガティブなイメージを抱いていた。
 原義としては行為そのものを表す言葉であり、「業」単体には別にネガティブな意味合いが無いということを、今作のための作業中に初めて知った。まあ、「職業」などに使われる「業(なりわい)」には全然ネガティブな意味合いはないし、よく考えたら分かる事だったのだけれども。
 そして「業」という概念は、「因果」と深く結びついている、という。

 結局は因果である。正直に言ってしまえば別に宗教は信じていないが、物理的な出来事も、感情の中の出来事も、全ては因果だと思う。原”因”と結”果”が全てを形作っている。
 勿論この世には結果が出ていない出来事もたくさんあるが、結果がないのではなく、原因と結果の間に私たちがいるだけに過ぎない。私達の目からはある一定の出来事の末尾が見えなくなることがあるが、それもまた一つの結果である。
 そのある種機械的な因果の周り、より人間に近い領域に漂っているのが、「業」なのではないだろうか。

 全ての生き物は行動を起こす。行動には原因あるいは動機があり、結果が生じる。私たち人間も例外なくそのサイクルの蓄積の内部で生きている。「ただ寝ている」という状態も生命維持活動の面からは「睡眠」、道徳の面からは「怠惰」、といった様々な意味付けの中に回収されることを思えば、人間が自らが生み出した感情や思考の俎上で生きていく限りは、「行動しないこと」は不可能といえる。
 私たちは泳ぎ続けないと生命を維持できないマグロを水族館の水槽越しに興味本位で眺めてみたりするが、人間が生み出した意味付けや生命活動の厳密さの前では常に動くことを強制されているわけで、ある一定の視点から見れば人間とマグロは似た者同士なのかもしれない。

 時折、人間は生きている間は形を変えずにはいられないのではないか、ということを思う。

 メソポタミア文明、つまりはユーフラテスとティグリスの間で(地理的には正確には「間」ではないかもしれないが)文字が生まれた、という知識は何となくずっと頭の片隅にある。世界史の授業でも習ったはずだけれども、あまり模範的な学生ではなかったからぼんやりとしか覚えていない。
 私は文章を書くのが好きだし、読むのも好きな人間だけど、しかし文章の読み書きの全ては今でもこの二つの川の間にあるわけだ。この世の全ての書店、図書館、学校の図書室、そして文章はユーフラテスとティグリスの間に存在している。それは同時に、今こうして書いている「文章」という表現手法も、長い因果の末に生まれたものであるということを意味している。

 今回は全ての曲の基本的な音量を、audacity上の数値で言うところの-6辺りに設定している。
 この内容で音量があまりにも大きいと、リスナーを様々な面で脅かしかねない可能性があるということが一つ。あまりキャッチーな内容ではないので、それぐらいの配慮はしたい。
 そしてノイズミュージックを聴かせるにあたって、音量を大きくして得られる迫力や快楽よりも、全てを見通せる距離感の方が欲しかったというのが一つ。
 優れたポップミュージックは全てのパートの音がハッキリと立ち、違和感が無い程度に分離しながらも、全体としては調和していることが望ましいとされることが多いように思う。なので、こうした音楽でもそれぐらいの距離感が保たれていても良いはずなのでは、ということを考えたのだ。

 海外の図書館が配布している、著作権の切れた古書の挿絵を組み合わせたコラージュを制作し、今作のアートワークに設定した。素材に使ったのは当時の地層や機械や生物についての本から幾つか、そしてそれ以外の大部分は児童書からのものだ。
 児童書は「常識」「知識」「勧善懲悪」といったものを広く啓蒙するための著書が多い(とはいえ現代日本の児童書はだいぶ遊びの要素も多く、風通しが良い環境だとは思うが)けれども、こと著作権が切れるほど古い海外の児童書となると、その要素はかなりあからさまに表出していて、文章をわざわざ訳さずとも宗教的背景に根差した啓蒙のニュアンスを強く感じ取れた。言うまでも無く、それは今作のコンセプトと非常にフィットしていた。
 なお、「Apple Blossoms」という曲名は素材に使用した挿絵に書かれていた言葉から引用したものである。

 今作は二つの曲でElselさんと友人さんによる配信番組「深夜だから壁を食っても許される」の音声を使用させていただいている。
 ぴんくりんごさんを招いた回で、Elselさんが寝落ちしてしまい急遽友人さんとぴんくりんごさんの二人による緊急配信が行われる、というアクシデントが起こった。今作で使われているのはElselさんが起きた後に謝罪を兼ねて行われた配信の様子の音声だ(この配信にもぴんくりんごさんは参加しており、故にぴんくりんごさんの名前もクレジット欄に明記している)。
 単に「交流があり許可の取りやすい方々の音声だから」「この回にはBGMがないから」という単純な理由で(そして同時に、「かべゆる」の音声を使う曲の構想は長らくあったので)今回素材に使用させていただいたのだけれど、思えばこの音声を素材として使うということが決まっていた時点で、既に「原因と結果」を巡る歯車は既に動き始めていたのだ。

 最後に、音声の使用を許可していただいたElselさん、友人さん、ぴんくりんごさんのお三方に感謝を。

高橋知秋

2021年1月4日月曜日

kiroku_to_kioku_no_kaisetsu

 今作の製作の契機は、昨年末に家族からのプレゼントとしてレコーダー付きカセットプレイヤーを買って貰ったこと。電気店の片隅にあったそれは小さなマイクとマイク端子が付いたシンプルなものだったが、試しにそのマイクやマイク端子を使って録音をしてみたところ、結構とんでもない音が録れた。

 こうしたものを入手するとすぐ使いたくなるのが私の性分である。カセットに録音をして遊んでいるうちに、すぐにコンセプトが組み上がった。非音楽的な行為を録音することを、音楽として提示すること。フィールドレコーディングにはずっと興味があったので、その思想を少し極端に押し出してみることにした。元々の高橋知秋の音楽作品のコンセプトのひとつに「退屈を恐れない」というものがあったのだけれど、それをさらに過激に結実させようという気持ちもちょっとあった。更にA面を2020年の録音に、B面を2021年の録音にしよう、というのもすぐに思い付いた。使用したのは20分テープ。そうした実験を30分もやるのは流石に荷が重いぞ、という気持ちもあったので。

 …が、A面の録音を始めてすぐ、さすがに非音楽的行為の録音だけで持たせるのは大変だということが分かった。いくら退屈を恐れないと言っても、さすがにこれだけだと何が何だか分からなくなる。そこでB面、つまり2021年サイドは「音楽的な何か」を録音することにした。

 そして年明け。私は部屋に置いてあるギターを使うことにした。コードを押さえる練習や、かつてtwitter上で音声投稿の形態で公開したギターを用いたどうとも言えないよく分からない行為(実際「B2」はtwitterに投稿したものが原型になっている)を録音の形で残すことにした。年が変わったことによって少し意識が変わった感覚も表現できれば…というのはまあちょっと、後付け臭いけど。そしてその殆どを正月中に録音した。

 聴いていて楽しい作品ではないかもしれないし、人によってはとても苦痛だと思う。だけれども、私が「高橋知秋」の名前の許に公開する作品は、誰かを楽しませるとか、ひょっとしたら私自身が楽しくなるとか(少なくとも私自身は今のところ高橋知秋としての音楽作品の製作を楽しんでいるけれども、そのうちそれも切り捨てられていくかもしれない)、そうした価値観では組み立てられていないということを改めて表明するための作品だと思う。

 当初タイトルは日本語で「記録と記憶」になる構想があった。しかしローマ字で書き出したときに、「kiroku」からrの一文字を抜くだけで「kioku」になることに気付いた。あとから思えば「記録」と「記憶」も一字違いなのだけれど、それよりも一文字を抜いただけで意味合いが変わってしまう「kiroku」と「kioku」を並べる方が、このタイトルのコンセプトに合致する気がしたので、ローマ字の方を採用した。

2021年、年初
高橋知秋

2020年11月28日土曜日

新しい歌

 Elselさんと友人さんが毎週末に必ずやっている配信番組「深夜だから壁を食っても許される」、通称「かべゆる」の半年記念凸待ち回に参加させていただいた。

 今までVRChatであるとか、一部の(私が仲が良いと一方的に思っている)フォロワーに向けた非常にクローズドな場所でやった配信とか、そうしたクローズドな場所では音声を介したコミュニケーションを取ったことはあるが、本当にオープンな場所で人と一緒に喋るのはこれが初めてのことだった。
 開始前は年甲斐も無く異様に緊張して、少し逃げ出したくもなった。本当に緊張していたのか、配信番組の開始直前ぐらいの記憶が一部欠落している。

 その結果はアーカイブで確認して欲しい。 

 私は声に自信がない。そうしたクローズドな場で行ってきた配信のアーカイブを聞き返すことで「高橋知秋」としての活動を始めた当初よりは自分の声に対する抵抗感はだいぶ減少した。なにせアカウント作った当時は自らの声を聴くと精神が混乱して脳の動きがストップする状態に陥っていて、それでVtuberを諦めたのだから、冷静に聞き返せるようになっただけとても大きな進歩だ。

 それでも相変わらず、なんだかぼやけた声だと思うし、活舌だって悪いからちゃんと意識してはきはきと喋らなければいけない、それでも依然として活舌は悪い。自分自身の声に肯定的なものを見出せない。
 それにあのようなアバターを作ったことに対して、自分の声質は与えられた「映像」に合っていないのではないかという懸念がいつもあるし、それを解消できないままに今日まで過ごしてきた。だからオープンな場ではちゃんと喋ったことはなかった。
 このアーカイブを聴いていても、本当に気持ち悪い笑い方をしているなと思うし、気が抜けて活舌が悪くなっている個所があるし、音量調整も雑だし、客観的に見ても完璧ではなかったのは確かだと思う。それにこのアバターにこの声が合っているのか、やはり今でもわからない。
 それに私がここでお二人と話した内容は、非常にふざけたくだらないものだったかもしれない。というか、本当にふざけた、くだらない内容であることは確かだと思う。

 それでも、私が登場した瞬間コメント欄に割と強い反応が幾つかあり、それを見た瞬間「やるべきことが出来たんだな」という感触があったこと、そして何より本当に楽しかったことが、私の主観の中に残った精神的な事実だった。

 今回のメンツはElselさんと友人さんを取り巻く様々な状況で偶発的に決まったものだ。だけど、こうした放送をするという上で非常に優れたバランスが成り立ったと思うし、それはこの配信番組を半年継続してきた結果として生まれた状況だと思う。その中に参加できたことが、とても嬉しい。

 私が二回目の凸が終わった直後に「自らの醜態で配信が終わる重圧に耐えられない」という旨をコメント欄でユーモア交じりに書いたら、当初は参加予定がなかったツーナミさんが配信に参加してくれたこと(立ち絵がないことからもわかる通り、彼が凸待ち用のサーバーに加入したのは本当に出演の直前だったのです)、そして比喩でも誇張表現でもなく、ほんとうに笑いが止まらなくなる素晴らしい内容で配信を締めくくってくれたことは、とても印象に残っている。

 本来、こんな改まった文章を書くことじゃないかもしれないけど。
 ただ、いつも私は「かべゆるは心の支え」だなんて言っているが、実際のところ私にも日常とか、事情とか、感情とかが色々あって、それ故にその言葉がジョークでも比喩でもなかった瞬間は何度もあった。
 初回を寝落ちで見逃したことを棚上げしていたとか、いつもコメント欄を荒らしていてごめんなさいとか(いや、あれは本心で、私がコメントを連投するせいで「目立つ席に陣取っていて店に入り辛い空気を醸し出している常連」になっていないか私はとても不安なんだけれども)、そうした「禊を済ませる」反省の態度で誤魔化していたけれども、昨晩の私がお二人に本当に伝えたかったことは、もしかしたらそれかもしれない。

冬の日の曇り空を
見上げると死にたくなる
居心地の悪い世界で
一日中考えてた
きみのことを考えてた
きみのことを考えてた

きみにこんど逢う日のために
ぼくは新しい歌を作ろう

 (Pizzicato Five 「新しい歌」 作詞:小西康陽)

 本当にありがとうございました。放送開始から半年継続、おめでとうございます。改めて、今後ともよろしくお願いします。

2020年2月11日火曜日

『高橋知秋の15分』覚書

 カセットテープに録音がしたいな、という思い付きで突発的に製作。
 製作方法が製作方法なので作り込むことが出来ず、そのため録音直前にその場で出来た思い付きを、ただ瞬発的に2~3分間録音しただけのよく分からない内容に仕上がっている。
 ラジカセにラインでそのまま録音したので録り直しができない、しかも外部入力端子はあるのにイヤホンジャックがないという珍妙なラジカセなのでスピーカー(このスピーカーの音がまた悪いんだ)の音を頼りに録るという環境で製作。そのためPCに音源を入れてみたら各曲の音量が無茶苦茶だったので笑ってしまった。
 PCに音源を入れたのちにかなり適当な音量調整を行った結果、曲毎にヒスノイズが大きくなったり小さくなったりしていて統一性がない音作りになっているが、音源はどれも同じ一本のカセットの中に納まっていたものである。

 タイトルはピチカート・ファイヴの諸作からの影響があったが、それ以上の意味はない。
 「side A」と「side B」の二つに分けていることも別に何かコンセプチュアルな意図があったわけではなく、単純に30分カセットのA面とB面に収録された内容を、配信の際に二枚に分けただけである。こうした部分にはあまり大きな意味を付けたくない。
 ちなみにカセットテープという製品の仕様上、実際の収録内容は両サイドとも15分半ほどになっている。


[side A]



 実はこちらは最初に録音した内容があまり良くなくて、後半2曲だけ丸ごと別の曲にして録音し直している。最初は「イヤホン端子を触って出したノイズをそのまま録音した曲」と「PCでgoogle翻訳に英語でランダムな数字を読み上げさせたさまを録音しながら、ラジカセの回転数を狂わせて音の揺らぎの効果を狙った曲」が入っていたけどうまくいかず…。

1. 予定変更
 タイトルは録音したら最初に思い描いていたアイデアとは違う仕上がりになったのでこれに。そのタイトル通り、録音に向かう過程で色々変えていったので細かいことはあまり良く覚えていない。終盤で『Soundtrack For Shibuya City』で多用したカセットの録音速度を無理やり狂わせる手法をちょっと使ってる。

2. 思維培訓 (Live Arrange)
 『虚拟时代』収録曲の新バージョン。と言っても特に何かが変わっているわけではない。「ライブでこの曲を演奏したらこんな感じかなー」というイメージで録音した。タイトルの「Live Arrange」はちょっとした洒落というか、遊びというか、なんというか。

3. Sentence
 ものすごく雑なアシッド系。一筆書き感がある。

4. Passage Of The Seasons
 今作で一番手をかけた作品かもしれない。とは言えそれは「ボタンを押す回数が他よりも数回多かった」みたいなレベルだが。うっすら入っているキックの音はミスで消し忘れたものだけれど、結果的にかなり重要な存在になったと思う。『Condition Music』と『Mind Seeker EP』の中間のような質感。音量が小さいためヒスノイズが大きいが、そこも含めて個人的に気に入っている。

5. 単純計算
 ここから先は録音し直した曲。これはひとことで言ってしまうと、録音した時のことをよく覚えていない。「計算」をテーマにしようとしたことだけは辛うじて覚えていたので、タイトルもそのまま「単純計算」に。今まで高橋知秋として作った曲の中で高音域がここまで刺さる曲はあまりなかった気がする。

6. Cymbal Practice
 時間が余ったので製作した曲。なんだこれは。一回だけタムの音が入るのが何というか我ながら間抜け。しかも単なる押し間違いという。



[side B]



 三回ほどに分けて録音。

1. recover system sounds
 タイトルはtwitterにてElselさんが私にかけてきた言葉に対して、私が全てバグったような言葉で返すという行為をしていた時にふいに出てきた言葉。なんとなく印象に残っていたので、文法を直してそのままタイトルに採用した。実はうっすらと構成の元ネタにしている曲がある…はずだったんだけど、そちらを改めて聴き返してみたら全くの別物だった。

2. Melt As Snow
 これはプリセットの音色を適当に弾いているだけ。そもそも私の曲は気に入った音をただひたすら鳴らしているものが多いけど、これはその極限状態、といった感じがする。この曲は本当に音量が小さかった。なのでヒスノイズがすごく大きい。カセットに録音するという行為によって実際に鳴らした音よりも多くの要素が入った感じがある。

3. 状況説明
 ここから別日の録音。この日、プライベートで精神的にダメージを追う出来事があったため、そのストレスをこの約2分半に全部ぶつけた。コンセプト面でも楽曲面でも完全に『Condition Music』と同じ手法で製作している曲。なのでタイトルもストレートな言葉にした。そんな感情的な曲の割には背景で鳴っている音をチラ見せさせる構成があったりするのが、私の性格をよく表している…気がする。

4. Rhythm Not Rhythm
 これも「状況説明」と同日に録音。なんというか、この2曲はフラストレーションが溜まっている状況じゃないと出てこないアイデア。ループしているメロディっぽい音も改めて冷静に聴いてみると凄く気持ち悪いし…もはや他人事のように「本当にイライラしていたんだな…」と思う。キックの音で全体が歪む感じをもっと出したかったけど、それは次回の課題ということで。

5. Clear Flow
 ここからさらに別日の録音。これは背景でずっと流れている音を聴かせたい…というか、私自身が聴きたくて作った曲。それにしても改めて聴くと何ちゅう構成なんだ。一時期「BGMの壊れ方が面白い」という理由でニコニコ動画でゲームを故意にバグらせた映像をよく見ていたんだけど、その経験の影響が結構あるんじゃないだろうか。

6. 環状接続
 実は前曲「Clear Flow」で使った音を使い回している(リズムと一緒にぽこぽこ鳴っている音)。なのでタイトルに「接続」という語を用いた。ガンガン鳴ってる音はいろいろやってたらこの音が鳴って面白いなと思ったのでそれをそのまま。これはどういう曲なんだ。

7. 高橋知秋の8秒
 最後の曲。よしラストトラック作るぞ!と思って再生ボタンを押したらあっという間にテープが終わったのでびっくりした。そこで開き直ってめっちゃ短い曲を作ろう、と思い製作。タイトルの「8秒」の部分はPCに音源を入れてから再生時間を確認して付けた。縁起のいい数字。