2021年8月20日金曜日

解題、"A Lone Dance"


 ダンスとは元々呪術であり、祝祭のための手段だ。つまりはyoutubeやTikTokで既存の曲に合わせてコミカルに踊る人たちも、遠くの祝祭や呪術と接続されている。つまり、私達はいつか暗闇で一人で踊らなければならない。それは誰でもなく他でもない自らのために祈祷することに他ならない。

 高橋知秋として作る音楽は、元々「退屈を恐れない」ことをコンセプトに掲げていた。自分自身にとって必要な表現を優先し、聴き手への配慮は排除する。そうしたことを試みたかった。最近の作品ではその点を忘れがちだったような気がしていたのだけれど、前作の『Area Of Karma』が全編ノイズミュージックだった時点で「その点を忘れがち」というのは単なる気のせいだったような気もする。…いや、どうかな。『Area Of Karma』のコンセプトの一つは「ノイズミュージックをポップソングと同じように聴かせたい」だったので。

 ともかく、今作では一つの音の持続とその変質をテーマにして制作した。トラックを数個使って重ね録りをするなどなかなかややこしいことをやったため製作に時間がかかった『Area Of Karma』に対して、今作は一つの音をただ変質させるだけの内容なので録音そのものも非常に短時間で終わり、一日で全ての作業が終わった。
 録音は2回行い、前半で3テイク、後半で3テイクを録音。そのうち後半の3テイクを中心に選曲した。前半のテイクから選んだのは「monument to virtual youtubers」の1曲のみ。

 相変わらずユーザーフレンドリーじゃない作品だな、とも思うが、そもそも聴き手への配慮が排除されているのだから仕方がない。1曲目の「a personality without publicness」は耳に刺さる音をメインにしているので、流石に多少音量を下げたけど。

 今作の背景には最近の心の動きがある。全ての創作物はそう…というか、それは当たり前のことなのかもしれないけれども、私の作品はもうちょっとコンセプト決め打ちで作ることが多いので意図的に「心の動きをテーマにしよう」とやらないと少なくとも自覚的な面では接続されない。詳しく書けば、例えば「a personality without publicness」は最近ネット上で遭遇した出来事を基にしているし、「monument to virtual youtubers」はタイトルの時点で全てお察し、と言えるだろう。
 勿論、これらの楽曲は私の感情をナマで取り扱っているわけではなく(一応「反射的なツイート」を避けているとはいえ思考をそのまま言葉にして吐き出しているツイートとはわけが違う)、その感情に付随する思想や思考、個人的に観察した潮流などと言ったバックグラウンドの部分も加味して制作している…けれども、それも当たり前のことか。

 浅学なのでどこから手を付ければいいのかわからないけれど、最近は初期の電子音楽の意匠に非常に興味を持っていて、spotifyでサーチしたりしている。重ね録りも殆どなく、純粋なシンセサイザーの音の質感だけを拡張せんとしている姿勢、そして一つの音が緩やかに変質していく様子そのものを演出を排して取り出して見せる行為に、非常に興味がある。今作はそうした私の直近の興味を、多少ドラスティックに表出した作品でもある。

 余談。「monument to virtual youtubers」はちょっと初期OPNっぽすぎない?という疑念があり、収録候補から外される可能性もあったのだけれど、最終的にはこの曲の存在によって全体が締まるし、それに「まあ、大丈夫やろ…」となったので収録した。というか作り込みが全然違うのでOPNに失礼だよね。ごめんOPN。

 アートワークには前作『Area Of Karma』から引き続き、著作権が切れパブリックドメインとなった海外の児童書からの素材を用いた。Henriette Willebeek le Mairという絵本作家の人が描いた絵をトリミングして使用している。

 何度も書いているように、今作の製作に際して、私はとても単純な事しかやっていない。何らかのシンセ系の機材を用意して、一つの音を鳴らし、そこにエフェクトをかけながら多少機材のつまみを回し続ければ、恐らく誰でもこれと同じようなものができる。しかしそんな事はどうだっていい。私は私の興味のためにこれらの音を鳴らす必要があったのだ。暗闇で一人で踊ることと同じように。

2021年8月
高橋知秋