Thee Michell Gun Elephantが世の中に流れ始めたときに、丁度私は小学生だったのか幼稚園生だったのか。「バードメン」のリリース日からして恐らく後者だろう。つまり子供であったことは確かで、初めて彼らの曲を聴いたときの印象は「めちゃくちゃうるさくて速い」だった。
でもこれはただ単に家族が曲をかけるときのカーステレオの音量がデカかっただけなんじゃないかと今になっては思うし、「速い」という印象も成長してから聴いたときに「バードメンってミッシェルの中でもそこまで速い曲じゃないんだ…」と刷新されてしまったが。
ただ、ひとことで言うと今までの人生で聴いたことのない音楽であることだけは確かだった。普通に考えればその年齢で聴いたことのある音楽の方が少ない訳だが、それでもスピッツで人生の音楽のキャリアを始めた生意気なガキだった私は、童謡や体操のうたといった子供向けの音楽の外側を既に知っている状態でもあった。
月日が経ちミッシェルの解散の報が流れ始める直前かそれぐらいかの頃。緩やかに家庭内でミッシェルのリバイバルブームが始まり、(皮肉にも)バンドの解散を機に私はミッシェルの音楽に耽溺することとなる。社会的な名称が小学生から中学生に変わるころだった。
そんなミッシェルとかナンバーガールがドンピシャに響くような世代にもかかわらず、ほぼ田舎と言って差し支えない地方都市の中学校では「ミッシェル・ガン・エレファント」と言ってもクラスメイトにはほとんど通じなかった。
音楽教師だけが「結構意外なの聴くんだね」と笑顔でリアクションしてくれた。
RAVENやROSSOの音楽もちゃんと聴いた。
ROSSOの「1000のタンバリン」は今でもチバ氏の作りだした音楽のオールタイムベストのトップ5に入ると思う。でもThe Birthdayのデビューの前後で私は丁度「感性の変わり目」の時期に差し掛かってしまい、そこからはちゃんと追っていない。
そこからもだいぶ時間が経った2009年。アベ氏の訃報が流れた。家族は泣いた。家族の発言によるとその日の夜に私は自室でギターを抱えて爪弾いていたという。全く覚えていない。
そこから更に時間が経った今、今度はチバ氏の訃報をきっかけにしてこの文章を書いている。正直(私にしては)短いここまでの文章を書くのに、何回か頭が真っ白になって手が止まる事態に陥ったし、今も二割ぐらいは何を書いているか分かっていない。
この文章の目的がよく分からない。他人の訃報にかこつけた自己顕示欲なのか。誰かと共有したいのか。しかしこの感情を共有したところでどうにもならないのに。本当になぜこれを書いて、公開しようと思っているのか、全く分からない。
訃報を見てからの十数分間、頭の中で様々な曲が流れた。「世界の終わり」だの、「バードランド・シンディー」だの、「マリオン」だの、そうした曲を思い出すにつれて今は感傷的な意味性が付随してしまう自分に気付き、自らの俗っぽさが本当に嫌になった。
でも、真っ先に思い浮かんだのは「笑うしかない」だった。『high time』に入っている、ちょっとマイナーな曲。「笑うしかない」。本当にそのとおりというか、それはこっちのセリフだ、と思う。
この数年、ミッシェルを聴き返す回数が割と増えていた。急に一番好きなアルバムである『cult grass stars』を聴き返してnoteに記事を書いたこともあった(この文章は宣伝じゃないからリンクは張らない)。昨年の夏には地元にある家族の実家に行って、家族が持っていた分のミッシェルやらROSSOやらのCDを全部ガメてきた。
子供の頃に好きだった曲はずっと好きだな、と思ったし、今聴くともっと良さが分かるな、と思う曲もあった。
何のために書いている文章なのか分からないので、当然どのようにこの文章を締めればよいのかもわからない。
自己顕示欲とは違った、何かもっと根本的な…わからないが、セラピーの療法を求めるような動機で、とにかく過ぎったことを書き散らした。それっぽい締めのフレーズも幾つか思い付いたが、それを書くことに嫌悪感を覚える。
だからこの記事には文章として締まりがある末尾はない。ただ一つ言えることは、訃報を目にして一時間ぐらい経った今でも、数分ぐらいの間隔で定期的になんかどうしようもなくなる、それだけである。