2023年12月31日日曜日

高橋知秋『Nice』アルバム全曲解説

インスト付き有料版(booth)

『Nice』

・タイトルについて

 このアルバムタイトルはかなり初期、楽曲の製作に取り掛かる前に決定したもので、結局変えることはなかった。音源が完成してみれば「言うほどナイスって感じの内容か…?」とも思ったのだけれども。
 ただ変にシリアスなタイトルにして「あ~こういう感じね笑」って自分自身でなるよりは全然良い判断だったよね。 

・内容について

 今作の製作に際して、「どこかで似たような曲を聴いた事があるような」という思いが脳裏に過ぎっても、そのまま作った。尊敬している音楽家が少し前に「誰かと似た曲を作っているかも、と思っても気にしないでどんどん作った方がいい」と発言していたので、それに従った。また意図的に影響を表に出した曲も多い。
 spotifyプレイリストでリファレンス集も作ったけど、結構手の内を明かし過ぎてて凄いのでちょっと一般公開する勇気がない。友達には気まぐれでリンクを送るかも…。

 最初はシューゲイザー的なトラックと、ふだん制作しているノイズ・エクスペリメンタル系統の要素が強い曲で構成されたミニアルバムぐらいのサイズの作品になる予定だった。
 しかし構想がどんどん出てきて、気が付けば12曲入りのフルレンスに。この結果にはなによりも私自身が一番驚いています。

・アートワークについて

 このデザインも音源制作前に既に完成していたのだけれど、実は途中で一回変更が加えられている。
 当初のデザインは中心の写真が違っていて、フリー素材サイトにあった一軒家を撮影した写真になっていた。
 ただ、アルバムの顔となるアートワークがフリー素材一発ってのもどうなのかな、とも思い、良い感じの写真が撮れたら差し替えよう…と緩く考えていた。

 8月に親族の法事に出かけた。
 帰りの車中。信号待ちで車が停まった瞬間、助手席から車窓越しに風景を見ていた私は不意に思った。
「これ、ほぼ岩井俊二だ!」
 気が付くと私はiPhoneで写真を撮っていた。

 というわけでその写真がアートワークに使われたのでした。

「高橋知秋を信じるな」

 イントロ。

・タイトルについて

 これは元ネタはアレです、「洋子のはなしは信じるな」。すっかりミーム化しているけれど、事件そのものが未だにまともな解決を見ていないと思しき点まで含め、リアルタイムで起こった出来事が都市伝説化した話の中でもぶっちぎりで不気味な類だと思う。

 ちなみに初期段階では「高橋知秋は詐欺師」というタイトルだったのだけれど、あまり余白を感じられなかったし「詐欺師」という言葉を使うほど人間的な曲でもないため、けっこう悩んだ末にニュアンスを変えてこの形になった。同じようなことを言っているのにかなり異質なフレーズに変わったので良かった、と自分では思っている。

・トラックについて

 アルバム制作の初期段階ではノイズ・エクスペリメンタル的なアプローチの楽曲をもう少し入れる構想もあり、よってこの曲そのものがそういった初期の構想の名残でもある。
 最終的には異質で短い曲を冒頭に置くというアルバムのイディオムに沿った楽曲に仕上がったので、初期段階の構想の通り冒頭を務めてもらうことにした。

 ドラムはかなり適当に打ち込んだリズムパターンをクオンタイズで無理矢理それっぽいリズムに変換したものを切り貼りしたもの…だったと思う。記憶が曖昧。ベースもかなり感覚的に打ち込んだ覚えがある。
 こういうドラムと無軌道なノイズが同時進行する曲ってあったよな~と思って無理矢理記憶を手繰り寄せたら、禁断の多数決の「Sad Organ」だった。他にもありそうな気はするが。そういえば一時期のMerzbowの諸作は必ずと言って良いほどドラムが入ってたな。

・歌詞について

 語りについては秋に渋谷の路上で録音したもので、内容の大部分は即興。そのため歌詞のデータが存在せず、bandcamp上では■を並べて伏字という形を取った。

 実は夏頃に全く別内容の語りを録ったのだけれど、そちらはなんか微妙にダサかったので没になった。「外に出る瞬間の~」は勿論「強風オールバック」からの引用で、没にしたバージョンではここは「私は外に出る前から終わっている人間」だった記憶がある。あまりにもミーム過ぎたのでより観念的なフレーズに。
 アルバムの一番最初で「このアルバムの世界へようこそ!」的なことを語られる作品は多々あるけれど、注意事項をいきなり伝えられるのも面白いかな、と思ってああいうような内容になった。

 私のことを信じてはいけない、というのは、個人的に思う「音楽作品」「歌詞」「創作物」の宿命について思い至ってこの言葉になったように思う。

「街の外側」

 由緒正しき2曲目ソング。

・タイトル及び歌詞について

 収録曲の殆どはタイトルが先に出来ていて、そのため最初は都市と資本主義の関係性についての歌詞にしようと思っていた記憶がある。
 実際に書き上がったのは非常に多義的で、かつものすごく個人的な内容の歌詞だった。こんなパーソナルな表現が出てくるとは思わず、書いた後に自分が一番びっくりした記憶がある。そのため、この曲の歌詞の全てを説明するのは非常に難しい。
 あまり解説したくない箇所も多い。
「街の外側」という言葉そのものがかなり多義的な存在になってしまったし、「呪いと怨嗟だけで繋ぎ止めて」という割と解説し易そうなフレーズも、実際には全く異なる二つの事柄が係っていてしかも解説しづらいという解説泣かせソング。

 なんというか…正直こんなことになるとは思わなかった。あまりにも自分本位すぎて、良い歌詞なのか悪い歌詞なのかの判別も付かない。
 ただ、「誰にも知られない書記」は私を形容する言葉として割と正確なものではないか。

・トラックについて

 こちらも聴いて頂ければわかる通りめちゃくちゃエモ的な表現になっていて、自分の中にこんな引き出しがあるとは思わず、制作中ずっと驚き続けていた。ギターソロが入ってくる辺りなんか、今でも他人が作ったんじゃないかと思う。制作中に初めてサブスクで聴いたART-SCHOOLの影響があるような気がする(特に「SKIRT」)、ような気がするが、そんな短期間でここまで濃い影響を受けるとも思えず私の中でもずっと謎である。

 ミックスで苦慮し、試行錯誤を繰り返し続けて恐ろしい数のバージョンを作った。完成バージョンは結構ややこしい方法で書き出している。

・ボーカルについて

 聴き返していると毎回「なんかサビの歌メロが歌謡曲みたいだな…」と思う。自分で作った割に歌メロが異常に難しくて、最後まで全然歌いこなせなかったし、何回か録り直した。最終的にOKテイク三つは全て何らかの形で使われている…はず。
 2つ目のOKテイクは途中までそれを完成版にするつもりだったが、力み過ぎてて気持ち悪い(サビの「会話を続けて」の最後の部分が「てぇぇぇ~!」みたいな感じになっていた)と感じるようになったので歌い直した。けど、結局ずっと力んでいる気が…。
 最後のガナリはとあるSSWへのリスペクトなのだけれど、これ分かる人いるのかな…。

 アルバムの中でも結構な重要曲なのに、解説できることが少ないな…。

「side project」

 今作の曲の中でも一番最初に取り掛かった、つまり「歌モノを作ろうと思って作った」正真正銘一番最初の曲。先行公開時と同じ音源なので、前にブログに無告知で上げた解説記事の内容を転載。

・歌詞について

 作詞は夏頃に着手。
 実は最初はかなり所帯じみた、もっと親近感を抱かれるような日常的なフレーズが並ぶ歌詞だった。でもまず「サビの歌を全面的に変えたいな…」となりサビの歌詞が抽象的な内容になり、そのまま行こうと思っていたが歌入れまでの数か月の間に思想が変わって、今月に入ってから歌入れをする直前に「この詞じゃねえよなあ…」となり、30分程度で一部のフレーズ以外の全てを書き換えた。

 書き換えた最終稿の歌詞に関しては、制作中に直面した様々な出来事を反映した内容になっているけれど、それがどういうものなのかは恐らく全く伝わらない内容になっている。私は詩/詞というものを「人に伝えたくないことを大声で言える表現手法」だと思っている節がある。

 そんなわけで、歌詞に関しては一番最初のバージョンと比べると殆ど原形を留めていない(txtファイルを上書き保存したのでこの一番最初の歌詞は残っていない)。特にメロ部分は完全に別物。
 一部の語句や意味合い自体は残ったフレーズも幾つかあるけど、完全に初稿と同じ形で残っているフレーズは「歌詞だけいい顔してもしょうがない」「エコバッグを忘れないで」「アバターなんて作らないで」の三つしかない。

「ゴミ袋を買わないで」「エコバッグを忘れないで」は日常生活とこの歌詞の接点を残すためにあえて手を付けなかった…はずなんだけど、実は歌詞には「レジ袋を買わないで」と書いてあった。
 しかし完成した音源を聞いたら、加工のせいで自分の歌なのに何度聴いても「ゴミ袋」と歌っているように聞こえてしまい(よく聴くと「レジ袋」にも聞こえる)、「”ゴミ袋は買わないで”の方が退廃感が出ていていいな!」と思ったので結局歌詞の方を書き換えてしまった。なので「エコバッグを忘れないで」の方しか残らなかったという。

「アバターなんて作らないで」に関してはあまりフォロワーなどにいい顔されないフレーズだろうなと思ったけど、絶対に最後まで残そうと思った。
 この一言を言うために作った歌詞なので、これを発表してリムーブされようがブロ解されようがこれを変えるわけにはいかない。当然自分がアバターを作って活動している立場であることの矛盾を最初から織り込み済みで書いている。というか、逆に言うとそうじゃなかったらこのフレーズは出てこなかったです。
 いままでその形式で活動してきて良いことも悪いこともあった、というよりは「良いことばかりじゃなかった」んで。

「歌詞だけいい顔してもしょうがない」は初期の所帯じみた歌詞の名残。
 小恥ずかしい気もしたけど、これも「アバターなんて作らないで」と同じぐらい重要だと判断して残した。高橋知秋の卑屈さの象徴みたいなフレーズだよな~、と自分でも思う。

・トラックについて

 イントロなどではいかにもシューゲイザーな「安いシンセストリングス」が鳴っているけれども、実は制作の初期段階ではもうちょっとJ-POPっぽい別のシンセが乗っていた。しかしさすがに「何かっぽい」感じがありすぎたため完成版ではこの形に。
 ちなみにアウトロの同じ音階を鳴らすドローンっぽいシンセとギター(ギターの方はちょっと聞こえ辛い?)は制作の最終段階で付け加えたもの。

 子供の頃スキー場に行ったときに、ゲレンデに向けてのアナウンスが丁度山とぶつかって嘘みたいにきれいなこだまになっていたのを聞いたことがあり、ボーカルにエコーをかけた仮ミックスを聞いたときにその時の記憶を思い出した。
 そのため完成音源ではエコーをさらに強調して記憶の中の音像を再現している。あといま住んでいる街でたまに鳴る防災訓練放送のイメージも混ざってるかも。
 当初はサビ辺りでボーカルに強めのディレイがかかってコーラスのようになるという構想があったのだけれども、実際にボーカルをトラックに乗せて聴いてみた際にその必要はないと判断し却下。

 それにしてもこの曲、ベースラインもコード進行もただ同じフレーズを反復しているだけなのだけれども、それでも変化が付いているように聴けるのは歌モノの特権だよなと思う。

・タイトルについて

 これについては直感的に降ってきた言葉だけれども、裏には高橋知秋という活動自体が様々な状況に対するオルタナティブである、という意味合いも一応ある。
 まあここら辺に関しては説明は無粋ということで。

「Drive」

・タイトルについて

 何故か「Drive」というタイトルの曲を作らねばならないという強迫観念があり、特に理由もなくこのタイトルにした。
 これ以降は歌詞の項で説明する。

・歌詞について

 なぜ「Drive」というタイトルからこの歌詞になったのかというと、私の中で特に印象深い子供の頃の記憶が「夕方になるとしばしば家族でドライブに出かけた」というもので、その時に車窓から見たものが今の私の感性を形作るのに非常に大きな影響を及ぼしているからだ。
 そこから更に発想を飛ばして、高校の頃の下校時に様々な音楽を聴きながら、田舎と言っても差し支えない風景の中を延々と歩いていた時の記憶や感覚も混ぜ込むことにした。これは私の中で先述の「ドライブ」の記憶と同じぐらい重要な経験だからだ。あと高校の頃にも家族が車で迎えに来てくれることがたまにあって、そのイメージも若干投影されている。

 これらの抽象的な思い出の概念の他にこの曲には明確にイメージの基となった風景があって、それは地元の住んでいた家から近いところにあった大きな河川敷、そして通っていた高校のすぐ脇に流れていたやや小ぶりな川の光景である(「川が流れる」というフレーズの「川」はこの二つの川を指している)。やたら風景描写的なフレーズが多いのはそのせい。

 いくつかのフレーズに関しては明確に元ネタとなったエピソードがある。「木材置き場の幽霊」は高校の通学路にあった場所。「二人乗り冷やかして」は下校時に二人乗りをしてるカップルを校則違反だぞ~と思いながら半笑いで見てたらいつの間にか水たまりに足を突っ込んでて一人でめっちゃ笑ってしまった、という思い出から。マジでしょうもねえ思い出だな。
 やや遠まわしに表現しているが「中庭の管楽器」「獣を脅す銃声」も高校生の頃の経験を基にしたフレーズで、前者については割と共感度高いんじゃないかと思っている。

 小学生の頃、家の近所にあった公園で遊んでいるうちに飽きて、裏にあった田んぼのあぜ道に行こうと思い立った。そこには小さな川と言える規模の用水路も流れていて、何もないが普段の公園に飽きた年頃の小学生男子には魅力的な場所だった。
 柵を乗り越えるために上部の手摺を握り、裏の隙間に指を突っ込む格好になった瞬間、指先にわしゃわしゃとした感触があった。
 何かが動いている。
 そこで思い出す。この柵は手摺の中にアシナガバチが巣を作っていたのである。不慮の事故とはいえアシナガバチの巣に手を突っ込んでしまった私は、慌てて指を引っ込めた。
 でも、巣にちょっかいをかけると本気で襲ってくるはずのアシナガバチは、何故か逃げずにそこに留まっている私を全く攻撃しなかった。
 昆虫が好きな私は「蜂はみんな巣を荒らすとヤバい」という知識をちゃんと持っていたので不思議な心持になった。
 それ以来、私はアシナガバチという昆虫が少し好きなのだ。そこでこの曲にも地元の思い出の一部として登場してもらった。

 ただ、こうした何気ない思い出とそれにまつわる物事。風景を歌詞というかたちで出力することは「私の中にだけある風景」を多かれ少なかれ自らの手で貶める行為だと思っていて、その複雑な感情を「風景画と同じだけ人を傷つけたら」「それらを言葉に紡ぎ価値を貶めていく」というフレーズにストレートに反映させた。

 2番のサビはなんというか、まあ高校生なんてそんなもんだよね、という感じで書いた。

・トラックについて

 シューゲイザーをベースにしているけれども、この曲は特に「ノイズギターは脇役でアコースティックギターが前面に出ているタイプのシューゲイザー」を意識した曲だ。
 実際にはアコースティックギターではなく、電源の繋がっていないエレキギターをiPhoneで録音した音源だが(というかこのアルバムの収録曲のギターは全部電源の繋がっていないエレキギターをiPhoneで録音してそれを後からDTM上で編集した音源である。だから全部微妙に音質が変)。

 インスト音源が出来たときに「なんかめちゃくちゃ地元っぽい!!!」という感想を抱き、それで歌詞の方向性が決まった。
 この「地元っぽい」という感覚はそれこそ私にしかわからないもので、そういう言葉では絶対伝わらない感覚を伝えることにある程度成功していたら良いな、と思う。

 あとこのコード進行はずっと好きです。名前分からんけど。
 こういうコード進行の曲はたくさんあるけど、この曲において雰囲気に一番影響を与えているのはキャプテンストライダム「夏のカケラ」だと思う。中学生~高校生頃のマイフェイバリットナンバー。
 あとPavement「Shoot The Singer (Sick 1 Verse)」を聴いたときも「なんかめっちゃ地元っぽい!」と思ったため、間違いなく同曲からも無意識のうちに影響を受けていると思う。

 ボーカルが一番不安定というか、非常に歌いこなすのが難しい歌メロだった。まあこれぐらい心細いボーカルの方が曲のコンセプトに合っているんじゃないか…な。あとこの曲のボーカルのディレイも若干スキー場を意識してますね。子供の頃の記憶の曲だから。

「血液の地理」

 エクスペリメンタル枠。

・タイトルについて

 実はこの曲と次の「絶句の領空」は実際に曲が揃うまでタイトルが逆だった。というより、「血液の地理」はアルバムの中でもだいぶ後になって作った曲である。
 ポエトリーリーディングの曲を入れるという構想が初期段階であり、実は曲名だけ揃っていた時点では「街の外側」がポエトリーリーディング局の予定だったのだけれど、実際にはそうならなかったため、制作中は一時期ポエトリーリーディング曲の収録そのものがなくなる方向性になった。
 ただ、キャッチーな歌モノが並び過ぎるのもどうか、もっと普段の高橋知秋に近い路線の楽曲も欲しいぞ、となり製作されたのがこの曲。
 しかし実際の歌詞を見ると明らかにこっちの方が「血液の地理」というタイトルにふさわしい。というか「血液の地理」は全然地理っぽくない。
 というわけで急遽「絶句の領空」という対になるタイトルを考え出して、こちらに「血液の地理」というタイトルを移動させた、という経緯がある。

・歌詞について

 実はこの歌詞は未発表だった「詩の練習」のストックから引っ張ってきたものである。未発表の「詩の練習」がとにかく大量にあり、いつかまとめて発表したいな…と思っているがあまりにも大量すぎて発表の機会を逃し続けている。

 歌詞が表現しているものについては…東京では富裕層しか持ち家に住めない…みたいなことを端緒にして書いた記憶がある(同じテーマで書いた「詩の練習」がもう一つある)。どちらにせよ、土地と資本主義の関係性について思考をぐるぐるさせた結果の出力物であることは間違いない。
 朗読するにあたって、元の詩から一部の箇所を改稿している。「対立軸の夢」「喉の血の塊で漏れない」は元の詩には無かったフレーズ。この曲の作業では「文字で見るときのリズム感」と「実際に読み上げた際のリズム感」の違いを実感した。

 あと「5LDK」って言葉、響きが気持ち悪いですね。

・トラックについて

 先述の通り普段の高橋知秋に近いエクスペリメンタル路線の曲であり、その殆どを即興で組み上げた。故にはっきり説明できることは非常に少ない。
 実はノイズ類と並行してiPhoneで録音した炊飯器の音がずっと流れているのだけれども、加工しすぎて分かり辛くなっちゃった。
 途中で入るカラスの鳴き声は意図的に入れたものではなく、詩を朗読していたら入ってきたガチの鳴き声。カラスは好きなのでそのまま使用。

 後半のノイズ→呻き声という流れは、フェイクドキュメンタリーホラーへのリスペクトを若干込めている。呻き声はどうしても屋外の車通りの多いところで録りたくて、散歩しているときに周囲に人がいないタイミングを見計らって録音した。こんなん誰かが見ていたら完全に不審者なので、人が歩いてこないかびくびくしながら録った。

「絶句の領空」

・タイトルについて

 この曲のタイトルが変更された事情については先述の通り。「血液の地理」というタイトルと対になり、かつ流れが良い言葉を考えた結果が「絶句の領空」だった。
 本当に収まりが良いかどうかはちょっとわからん。

・トラックについて

 これはあからさまにHASAMI groupのアルバム『超郎』の影響下にある曲。あのアルバム超好きなんですよね。ソリッドで。
 トラックの基礎はかなり前に完成していたが、手直しが何回も入ったためちゃんと完成したのは結構後の方だった。ただ曲中二回登場するピアノソロはかなり最初のほうで完成していて、その後も手直しが入ることはなかった。

 オーケストラ音源はクリエイティブコモンズで配布されていた著作権切れのクラシックの音源をサンプリングしたもの。
 左チャンネルでずっと鳴っている人の声は効果音ラボの音声を切り刻んだもの。
 なるべく合法的にヒップホップマナーを再現できないか、というなんとも微妙な試みをしている。

 ボーカルの高音域がやたら耳に刺さる感じになっているけど、まあ一個ぐらい歪な要素が入ってた方が良いだろう、と…。
 ダブルボーカルの「タイムラインはただの待合室/お前のファン全員神経質」の箇所のフロウが全く違うせいでゴチャっているのも却って面白いと思ってそのまま採用した。

・歌詞について

 テクニカルさが全くない平板な押韻を繰り返すラップ、というのは元ネタがいくつもあるんだけど、逆に元ネタがいくつもありすぎて書き出せない状況。まあよくある表現ということで。
 先に記したようにHASAMI groupからの影響が強い曲だけど、HASAMI groupのラップはもっとテクニカルに押韻を踏み倒しているのでその点はちょっと違い味(造語)がある。

 最初のヴァースでフォロワーの名前を大量に(無許可で)使ったのは、「ポケベル片手高笑うElsel」というフレーズを思い付いた時点でその方向性で行こうと思ったからである。
 言ってみればヒップホップ自体がこうした内輪ノリ的な表現を多用しているわけで(ラップのことを何も知らない人がシャウトアウトの箇所でラップされる人名の羅列を聞いてもそれが誰なのか全くわからない、という問題がある)、ある意味でヒップホップらしい表現になっていると強弁することも可能かもしれない。内輪の範囲が狭すぎるけど。
 名前を出したのは親密だったり付き合いが長かったり尊敬している人が多いが、別にここに名前が上がらなかったから親密じゃない、尊敬していない、ということでもない。音的に名前を入れるのが難しい人も大量にいたし、というかそれ以前に友達全員の名前を織り込むわけにも行かない。
 というか高橋知秋の曲の歌詞に自分の名前を使われて嬉しい人っているのか?傍迷惑なだけでは?

 ちなみに小林フジヤさんとひかりんさんの名前は絶対入れようと思っていた。あと、実は『Nice』のリリースに際してすごい期待を寄せていただいたchromoryさんの名前も入れたかったんだけど、ちょっとうまく行きませんでしたね。これは今作の制作に於いて結構な心残りのひとつ。

 二番目のヴァースが急にリーディング調になるのは間違いなくJazz Dommunistersの影響ですね。というかコインランドリーでJazz Dommunistersを聴き直してて「あ、二番はこれで行こう」と思ったので影響どころかあからさまな引用と言ってもいいのでは。
 あとキリコの「私が元いたグループは」という、トラックに合わせて漫画のキャラみたいな語り口調でずっと来歴を語り続ける曲からも影響を受けていると思う。

 個人的にヴァース1は外向きのユーモアをベースに組み立てた表現で、ヴァース2は自分のことにひたすら言及し続けた内省的な表現、というイメージがある。

・ボーカルについて

 本っっっっ当に大変だった。終わらないかと思った。
 何回録音してもどこかでトチる。特にヴァース2は成功と言えるテイクが2回しか録れなかった(しかもその成功テイクふたつも若干噛んでる)。
 HASAMI groupはボーカルを全部ファーストテイク修正なしで使っているらしいけど、よくあの複雑なラップを1発で成功させられるよなあ…。

 そんなに頑張って録音したのに、録音を聴き返したら自分の活舌の悪さと声の良くなさが前面に出ていて本当にキツかった。
 高音域をやたら強調しているのはそのマズさを覆い隠すためでもある。

「Shota Nakamura [album mix]」

 以下single mixの解説からコピペ。

・まず、誰?

 ネタを明かせば、これはとあるdiscordサーバーでニックネームとして名乗っている偽名であり、別に本名とかではない(当たり前だろ)。そんな言葉をタイトルにしているので最初はもっと軽いインタルード的な曲にしようとしていたのだけれど、いつの間にかそうではなくなった。

・歌詞について

 英詞にすることは割と最初から決まっていた記憶がある。仮のトラックが出来た時点で鼻歌のように音感を気にしつつ組み立てた。
 内容に関してはフレーズごとに思い付いた出来事や思想をさらに複雑にエンコードして断片的に綴っていった散文的なものなので、何か一つの大きな意味合いで説明できるようなものではないように思う。まあ明るい内容ではないということは確実に言える。

 日本語にすると「拷問のカーテン」とか「水の正義」という意味になる割と物騒な言葉が出て来るけど、ここら辺の比喩に関しては本当に自分の中の感情や日常の中で直面した出来事を抽象的に表現するとこうなるというだけの思い付きであり、別段何か大きな意味合いを持っているわけではない。

 あと「a cut off pieces」って「a」の後に複数形付けちゃってるんで、たぶん文法的に間違ってますね。

・トラックについて

 記事の冒頭で”「どこかで似たような曲を聴いた事があるような」という思いが脳裏に過ぎっても、そのまま思い付いたままに作った”と書いたけど、この曲に関しては幾つかの曲の要素を意図的に引用して作っていった。
 それらの元ネタを明かすことはしないが…(一つだけ言うと、やかましいパートはモロにmy bloody valentine「You Made Me Realise」ですね。もっと直接的に似た曲があった気もするけど)。
 製作当初に「このまま構想を形にするとこの曲にめっちゃ似てしまうのでは」と思っていた曲があって、だったら最初から似せて作ってしまおうと一種の開き直りを持って作ったのだけれど、結果的にいろんな曲のイメージを脳内で合成して作る形になっていったため、その曲とは一部の要素が似てるっちゃあ似てる…かな…ぐらいにまで後退。良いのか悪いのかよくわからん。

 というより、出来上がった曲を実際に聴いてみると、特定の曲を引用してどうこう、というより全体的に「オルタナティブロックあるあるネタ」みたいになったなと思う。
 そうなった原因の大部分として推測できるのが、この曲の心臓部である歌の入るパートに関しては「こういう曲があったよな…」ということを頭の中で考えながら作った曲があったのだけれど、その曲が明確にどの曲なのか分からないまま完成まで行ってしまったところ。
 それに限らず、この曲は実際のところ明確な引用というよりは「確かこんな曲あったよな…」と思いながら作っていったという方が正しかったりするので、自分でも気づかないうちに様々な形の「オルタナティブロックとそのサブジャンルの幻影」を組み立てることに終始していたのかもしれない。
 そもそも当初は「イントロでめちゃくちゃ盛り上がるのに歌に入るとスカスカになる」という構造から着想していったので、最初は特定の曲を引用してどうこうというわけでもなかったということも、この結果に繋がっているのかも。

 というわけでこの曲は「オルタナティブロックあるあるネタ」です。オルタナのあるある早く言いたい。

 サビのハモりに関してはこのアレンジはサビにはどうしてもハモりが必要だという判断があり、一応事前に音階を確認して重ね録りした。
 でも楽譜が読めないというか理解が出来ない、コードも殆ど名前が分からない、という状態なので結構探り探りだった。

 これ以降新規執筆。

・single mixとの差異について

 一番大きな違いはイントロ。
 謎の笑い声が入っているけれどもこれは後で触れるとして、single mixにはなかったハイハットのカウントとフライングなノイズが入っている。これに関しては「明確にシングルとは違うぞ」ということを印象付けたい、という動機。大滝師匠がミックス違いの曲に派手な違いを一つ入れる心情がほんの少しだけ分かった。

 というわけで、基本となる音源はsingle mixと全く同じ音源を使っているが、ミックスをかなり大きく変えている。
 イントロはsingle mixよりノイズを派手に前面に出した形にして、歌が入る箇所はsingle mixより歌をかなり奥のほうに引っ込めている。この曲の構成の両極端さがsingle mixよりも強く出ているのではないだろうか。

 最初に入る笑い声は西字シオンによるもの。今作唯一のゲストだが単に笑っているだけという。
「この曲に必要なのは西字の笑い声だ!」という謎の直感があり、discordで通話をした際に録音させてもらった。
 もちろん本人には断わったうえで録っている。自然な笑い声が欲しかったため、動画を見せて笑わせて録音した。個人的なイメージに合う笑い声は二回ぐらい録れて、そのうちの一つをDTMソフト上で良い感じに編集したのがこの笑い声である。
 誰かに「何故笑い声を入れたの?The Beatles「Within You, Without You」みたいな自虐的な意図?」みたいなことを訊かれても、私自身にも全然わかりません。マジで直感的に「西字の笑い声を入れなきゃ!」と思って実行に移しただけなので。
 ちなみに有料版に入れたインスト版では笑い声の前ぐらいに録れた「ん?という事は?」という一言に差し替えている。

・そしてさっき気付いた

 この曲の「めちゃくちゃ重いイントロからいきなり軽い歌モノっぽい本編」という流れを繰り返す構成って、まんまスピッツの「惑星のかけら」だ。

「I'm Not Your Treasure Box」

 突然のトラップビート。

・タイトルについて

 当然、某有名企業勢Vtuberの曲名のモジリである。でもあの曲聴いた事ない。無罪の曲の方は聴いたことある。
 ささやかな反発心があったのは確かだろうけど、正直そこまで執着はない。というか動画も配信もほぼ見たことないのでどんな人なのかほとんど知らん。

 元ネタと同じく横に邦題を付けるなら「私は大した人間ではありません」かな。
 つまりこの曲名は単なるモジリではなく「高橋知秋にはお前が期待するようなことは何もない」という意味でもある。

・トラックについて

 一曲ぐらい普段聴いているヒップホップに近い曲を作りたい、と思っていた折、シャワーを浴びていて急に思いついたメロディを軸にして作り上げた。アレンジの大部分もその時に脳内で出来ていた記憶がある。

 とはいえ実現可能性がさっぱり分からず、脳内でただメロディとアレンジだけを熟成させつつ作業を後回しにし続けた。実際に制作に取り掛かったのはアルバム制作の割と後半の段階。
 しかしいざ実際に作ってみたら、構想がちゃんと練られていたため割とすぐ完成してしまったのだった。良いのか悪いのかわからん。

 トラップビートなスネアとハイハットはプリセットのループ素材を切り貼りしたもの。自分で作っても絶対よくならないからループ素材に頼ろうということも割と早い段階で決めていた記憶がある。

 最も影響を受けたのはgummyboy「Orange」とrirugiliyangugili「Nxtime bymysidde (feat. Lil Chill)」の2曲でしょうね。全体的に「Tohjiっぽさよりグミボっぽさ」というのは意識していたかもしれない。

 最後の性急なフェイドアウトがそれっぽくて気に入っている。

・ボーカルについて

 マンブルラップをやろう、と思ったものの、私はオートチューンやそれに値するソフトは持っていないので、DTMソフトのキー補正機能を色々ややこしい使い方をして疑似的にオートチューンっぽくした。

 結果わかったのは私は歌が下手ということだった。これの前のボーカルテイクはキー補正かけたら不協和音だらけになって「だめかもしれん…」となったのを覚えている。
 それでもなんとなくいい感じに纏まったのは割と奇跡。特にハミングの部分は脳内で組み上げた構想にかなり近い仕上がり。どっちにしろ下手だな、と思うことには変わりないが…。

・歌詞について

 タイトルだけは先に決まっていたので、それに合うフレーズを考えた結果がこれだった。英語として不自然じゃなさそうな言葉遣いにするなどの改変は重ねたが、フレーズの本質は初期段階から全く変わっていない。

「私はあなたのことが好きだよ、あなたのことを嫌いじゃなかったらだけれど」

 正直なところ、私の中でもこのフレーズの真意は考えあぐねる。
 トートロジー的な文言のナンセンスさで「I like you」という言葉を無力化しようとしているのかな、と思うが。ただ、論旨自体はスッと出てきたフレーズなだけに、私の無意識下にある何らかのネガティブが由来のちょっと重い意味合いがありそうな気もする。

 一行程度の短いフレーズを繰り返し歌う、という発想はthat dog.の「Why does he give up so easily?」というフレーズを途切れ途切れに歌い続ける「michael jordan」という曲のアイデアを引用したもの。

「星めぐりの歌」

 カバー曲。

・「星めぐりの歌」とは?

 宮沢賢治が作詞・作曲した楽曲。
 実は宮沢賢治が作曲まで手掛けた曲というものが27曲ぐらいあるらしく(私もこの文章を書くまで知らなかった)、その中の一曲。
 結構色んな人にカバーされていて(著作権も切れてるし…)、最近では東京オリンピックの閉会式でも歌われたらしい。

・選曲理由について

 近年、サブカル系の創作物で宮沢賢治の著作が引用されていることが多いと感じていて、そうした作品を作る人々のバックグラウンドに宮沢賢治という共通項がある、ということに関心を抱いた、という理由が一番大きい。

 それと、この曲をシューゲイザー的なアレンジでカバーするという構想がすっと降ってきて「これは出来そうだな」と思った、という理由もある。
 前に別の機会でインストでカバーしようと思って挫折したことがあるんで、そのリベンジも兼ねて。

 ちなみに当初の構想ではこのアルバムはyoutube版とDL版で内容が別で、youtube版はここに「Last Regrets」のカバーが入る予定だった。
 ただ「Last Regrets」のカバーは想定以上に時間がかかりそうということが分かったため、別の機会へ回すことに。

・トラックについて

 というわけでシューゲイザーアプローチ。個人的にこのアレンジはとても気に入っている。

 もう10年ぐらい前にyoutubeにアップされていた吉田美奈子が歌う「星めぐりの歌」の音源を聴いたことがあって、原曲から少しズレたキーでカバーしているのはそのカバーバージョンの影響がある。それでこの曲の存在を知ったので、刷り込みみたいなもんですね。
 この吉田美奈子のカバーは教育用のレコードに収録された未CD化曲で、結構なレア音源らしい。今はもうネット上では聴くことはできないと思う。

 ボワァン、という歪んだ電子音がメロディを先導するというアイデアは色々元ネタがありそうだけど、自力で見付けられたのはSHAZNA「Das Spiel」だけだった…そんなバカな。
 でもこの曲の金属音っぽいシンセの使い方ってこの曲とかなり似たアイデアなんだよなあ。SHAZNAは幼稚園児の頃にめっちゃ聴いてた幼少期のフェイバリットの一つなんで、影響があるのは確実だと思う。
 あとはSquarepusher「Tundra」がアレンジ的にかなり近いな。実際「Tundra」は制作中に意識していた記憶がある。

 ドラムがいささか単調すぎるかな…と思ったけど、まあドラムが単調なのが初期シューゲイザーだしな…俺は『loveless』が好きだし…と思い、結局手は加えなかった。
 ギターの鳴らし方はどうめき「もういない人に言ってもしょうがないんですけどね」にだいぶ影響を受けている。

 曲中ずっと流れているドローンっぽい音は、NASAが配布しているクリエイティブコモンズ素材をループで流してリバーブをかけたもの。火星かなんかの音らしいです。

・ボーカルについて

 個人的に今作で最もボーカルパフォーマンスを気に入っている曲。
 多少キーなどが怪しいところもあるが、それでもこのアルバムで一番理想に近い歌いこなしが出来ている曲だと思う。身も蓋もない言い方をしてしまえば、元からある人の曲なので歌えるのは当たり前っちゃあ当たり前かもしれないが。
 この曲の前半はピアノとSEとボーカルだけで構成するという私の歌の技術力を思えばかなり思い切ったことをやったため、絶対失敗できないというプレッシャーもあった。
 でもやっぱり活舌悪いっすね。

「Air Green」

・タイトルについて

 2021年に出したアルバムのタイトルをそのまま流用。
 この「Air Green」という言葉は複数のdiscordサーバーでニックネームとして使用しているため、ある意味セルフタイトルとも言える表題。

・トラックについて

 これはもう、最初からThe Smithsをやるぞ!ということを決めて制作した。正確に言うと、「The Smithsに影響を受けた日本のバンド」感が出したかった。なのでドラムパターンとかアレンジの雰囲気は結構モロに「This Charming Man」。
 でも結局一番影響を受けているのはオリジンのThe SmithsよりもスピッツがThe Smiths的なアプローチをやった「アパート」という曲。
 そこら辺の演算処理の微妙さが曲全体に漂う雰囲気に収斂していると思っていただければ。

 一方でこの曲は「Drive」と同じく、特定の音楽を聴いたときに自分が抱く「地元感」、より分かりやすく言えば郷愁みたいなものを自分で再現した曲なのだけれど、それがThe Smiths的なものに着地しているというのは我ながらなかなか奇妙ではある。The Smithsを初めて聴いたのは去年とか二年前とかだったはずなので。
 だからやっぱり実際に源流としてあるのはスピッツの方なんだと思う。「胸に咲いた黄色い花」とかもね(あれは正確に言えばXTCだけど)。

 そういえば今気付いたけど、明確にメロとサビが分離されていない曲の構成自体もまんま「アパート」だ。
 作っているときは「一筆書きで終わるような短い曲を作ろう」ぐらいにしか考えていなかったけど。

・歌詞について

 これも「Drive」に近い地元感があるというか、高校生の頃の所感のようなものが描かれている、と思う。
 けれども、「Drive」は明確に軸になる風景を思い描きながら書いたのに対して、こっちは本当に抽象的なことを考えながら書いたのではっきりとこう、と言える箇所は殆ど無い。
 高校の頃はこんな感じの人間だった、かもしれない…みたいな曖昧な内容だと思う。全体的にかなり隠喩的というか、具体的な描写は殆どない歌詞だし。
…でもこんなカッコいい高校生じゃなかったですよ、実のところ。

 まあ高校生ってみんな斜に構えてるよね、みたいな曲かもしれない。
 軽い「あるある」ではなくもっとシリアスなものとして書いてはいるけれども。

 中盤で唐突にこの曲を書いている自分自身と聴いているリスナーに対してメタ的に毒づき出すのはかなり高橋知秋っぽいな。
 このパートについてはあまり深く考えずに書いた気がする。

・あと

 すっげえカタカナ英語だけどそこら辺は笑って受け流してくれ~。

「intro」

 次の「Occult」のための導入(と言いつつ3分もあるけど)。

・録音について

 音声をよく聴くと分かると思うが、ハロウィンの直前で大規模な規制が敷かれていた渋谷駅~渋谷スクランブル交差点で録音した音声である。
 この時の渋谷駅周辺は別に全く盛り上がっていないのに神経質的に規制だけを敷いた結果、却って駅構内が混雑するという有様で全てがズレていてヤバい感じになっていた。
 もともと次の曲のコンセプトを補強するために普通に「渋谷のスクランブル交差点を歩く音声」を入れたかったのだけど、状況が状況だけに結果的に妙に生々しい録音になり、私の想定以上に次曲のコンセプトが補強された結果となった。それはもう強すぎるぐらいに。

 実際にはノーカットの音声を入れたかったのだけれど、街頭ビジョンから音楽や広告が頻繁に流れている様子が録音に入り込んでしまったため、著作権的に問題がありそうな箇所をカットする必要が出てきた。
 そこでついでに冗長な部分をカットして、そこには無音を入れることにした。
 最初から録音は一回カセットに落として収録する予定だったので、わざと無音を挟めばカセットテープのヒスノイズが強調されて良い感じになるだろうと想定。実際良い感じになった。

「Occult」

 ラスト。

・タイトルについて

 このタイトルは白石晃士監督の映画『オカルト』からの引用。
 この曲は『オカルト』の視聴後の衝撃を蒸留して作った曲で、仮タイトルは「自爆殺戮渋谷交差点」だった。
 しかし既にmoreruの曲に同名のものがあった(名曲!というかアルバム『呪詛告白初恋そして世界』聴いた?まだ聴いてない人は聴いて!)ため、まず被りをなくすために「Jubaku Satsuriku Shibuya Kousaten」とローマ字表記に変更。
 だが、インストのデモをyoutubeに限定公開で上げて友達に聴かせた翌日にyoutubeに「だめ!!!」と言われて動画を削除されてしまったので、これ後が色々大変そうだし、ローマ字とはいえ被っているのもアレだしな~と思い、最終的にシンプルな「Occult」に決定した。

・歌詞について

 なので歌詞も映画『オカルト』からの影響が…と言いたいところなのだけれど。…いやもちろん映画からの影響はあるのだけれど、あの映画の内容をそのまま引いた歌詞にはなっていない。
 サビの歌詞は割と映画の内容から影響を受けているなと思うけれども、一方で「捨てられる海」というモチーフは高橋知秋の中でずっと繰り返し使われているものだし(過去に「The Discarded Sea」というそのものずばりの曲を出したこともある)、本当に映画からの影響をストレートに出した箇所はほぼ無いと言っても過言ではないかもしれない。

 この歌詞で表現しているものについてはっきりと明言できるものはとても少ないのだけれど…なにかしらの具体的な言葉で言い表すなら、「私達は何かを成し遂げることはできないまま消えていくのかもしれない」というような、なんともいえない諦観が先にあったような気がする。
 これは映画『オカルト』からの想起であると同時に、映画とは関係ないところでときどき思う所感でもある。最後に街の雑踏がちらっと入るのはこの諦観にだいぶ引っ張られて出てきたアイデアだったな、と思う。

 でも厭世・デカダン的な憐憫の領域に突っ込んじゃうのは絶対に嫌だったので、でもまあ生きていかなきゃいけないよね、という真反対の方向性もかなり意識していたように思う。
 私は「自分が作るものはあくまでどこかドライで現実的なものにしたい」という欲求が人一倍強い自覚がある。その結果が攻撃性と諦観が複雑に絡んだこの歌詞なんだろうな。

 ただ、最後の「アスファルトを気遣って 夏の星座泣き出した」というフレーズは無意識下から映像的な感覚を伴って、本当にさらっと出てきた。
 色々意味合いを後付けできそうなフレーズだな、と自分でも感じるけれども、しかし実際にはこれは何の比喩でもなく、私は本当にこの時そういう事を思っただけなんじゃないか。

・トラックについて

 実はアルバム制作のかなり初期段階、「side project」の次ぐらいにはもう8割方完成していた。
 そのためこの曲は「side project」と同じく8割ぐらいDTM上で組み上げているし、非DTM的な要素はうっすら聴こえるノイズギターとギターソロ、あとは街の雑踏のフィールドレコーディングぐらいか。
 この曲と「side project」のアレンジには「シューゲイザー的なアプローチの曲と前衛的な曲で構成されたミニアルバム程度の長さの作品にする」という初期構想の名残がある。
 でも「intro」「Occult」のセットがアルバムの最後に来ることはだいぶ初期段階から決まっていて、結局アルバムが完成するまでそれが覆ることはなかった。

 作りたかったのは、「印象的なリフが曲を先導していく典型的なシューゲイザー」。それこそ『loveless』に数曲入ってる感じのやつ。意図していたものに近いアレンジを組み上げることが出来たので気に入っている。