私はビートルズが割と好きだが、かなり怠惰なニワカなので『Rubber Soul』以降のアルバムしか持っていない。しかも『Let It Be』は持っていない。非常にダサい状態ではあるが、それでも好きだとは言わせてほしい。その中でも特に好きなアルバムは『Magical Mystery Tour』『The Beatles』『Abbey Road』の三枚だが、純粋なオリジナルアルバムだけを選ぶとしたら『The Beatles』『Abbey Road』の二枚になるだろう。
『The Beatles』は多重録音により各メンバーが互いを頼らずに楽曲を制作できるスタイルになり、結果としてバンドの終焉を速める結果となった何とも悩ましい盤ではあるが、しかしそれが故に過剰が過ぎる曲数の中に録音という技術が持つ魔法、そして素晴らしいソングライティングの上でその魔法が炸裂する瞬間が多量に詰め込まれている。私が所持しているCDの中でも「名盤であることに疑いの余地はない」と言い切っても、世間から異論があまり出ないであろう数少ない盤である。この作品を聴くといつも「1968年にこうした表現が既に完成していたなんて!」という驚きが延々と続く。そしてこの驚きはどんなに時代が移り変わっても更新され続けていくに違いない、と断言しても石は投げられないだろう。真っ白なジャケットの中にコラージュをあしらったインナースリーブを忍ばせたリチャード・ハミルトンによるアートワークも、永遠に先進性の象徴として語り継がれるであろう一流の芸術作品だ。
そして『Abbey Road』。実は人生で初めて聴いたビートルズがこのアルバムだったりする。後半のメドレー展開を車の中で聴いて、子供だった私は「曲の境目がない!」と驚いた記憶がある。今の私は大人なので、アルバムの制作背景も、そしてそこに生まれる意味合いも完全に頭に入っている。そうした知識を頭に入れたうえで聴くこのアルバムの儚さたるや凄まじいものがある。この時ビートルズというバンドとしての形は既に決裂しており、かつてのバンドの形を取り戻すために『Get Back』という名前とコンセプトを標榜したアルバムを制作したが、最終的にはお蔵入りになってしまう、という最悪の状況だった。辛うじてバンドとしての形を保つギリギリの状態で、バラバラな意思が一つに固まらないまま一つのアルバムを形作っているが、だからこそ傑作になっているという悲しくも素晴らしい作品だ。そんなアルバムの後半部分がメドレーで構成されているのはいささか出来過ぎた話である。
ここまで熱く語っているのに『Let It Be』を未だに持っておらず、聴く気もあまり起きないのはやはり制作過程の話を先に聞いてしまったからというのがある。これはただの言い訳にもなるのであまり多くは語らないが…でもspotifyで試しに聴いてみても何となく気分が上がらないのが事実だ。
少し昔の話になるが、某中古レコード店でレジに並んだところ、初老の男性がレジでレコードの状態を一枚一枚丁寧に確認していたためかなり待たされることになった…ということがあった。あまりに熱心に状態確認をしているのでこの人は何を買おうとしているのだろう?と思い遠くから手元を覗いてみたところ、その全てがビートルズ関連のレコードだった。とりわけ所謂「赤盤」の7インチが多かったと記憶している。
ビートルズのマニアになったらそれだけで一生を費やすこともいくらでも可能だろうな、と想像することがある。discogsで各アルバムを見ているとアンオフィシャルもの含め各アルバムに数百枚のレベルでバージョン違いがあることが分かる。そのバリエーションの中には数百万円近い値段で取引されるものもあり、私は実際にディスクユニオンでビートルズ関連のレコードが百万円以上、あるいはそれに近い値段で売られているのを見たこともある。そこまで大げさではなくても、各アルバムのUKオリジナル版は大体十万円近い値段で売られている。ディスクユニオンの高価買取広告のビートルズ特集コーナーを見ていると買取値の時点で数十万円とか百万円なんてものがあるが、あれは果たして売値はいくらぐらいになってしまうのだろう。もし本格的に全てを揃えようとしたら金銭と時間がいくらあっても足りないのではないかと思う。『Rubber Soul』専門のマニアとか、『Abbey Road』専門のマニアなんかも確実にいるだろう。
アビーロードスタジオの前のくだんの横断歩道では『Abbey Road』のジャケットを再現して記念撮影を試みる人が後を絶たず、それが原因の交通事故が多発しているらしい。そんなレベルで人々に影響を与える音楽がこれから生まれることはあるのだろうか。