2018年10月9日火曜日

Life Work

 高校生の頃、同級生に中山という男がいた。「一年生の一学期」という、何かと今後の学生生活が左右されがちな時期に、私の前の席になったのが彼だった。中山はかなりの音楽好きだったので、同じく音楽好きである私は彼と自然に意気投合した。周りの音楽好きが皆洋楽に流れていく中(高校生とはそういうもんなのである)、中山は私と同じく邦楽ばかり聴いていたのでそういう意味でも馬が合った。

 そのうち中山は軽音楽部に加入した。持ち前のコミュニケーション能力の高さで入部して直ぐにバンドを結成したという。彼らは本格志向で、部活動が開始してから半年目には既に人の曲をコピーする時期を抜け出し、オリジナル曲を数曲完成させていた。
 中山が携帯で録画したオリジナル曲の演奏映像も見せてもらったことがある。曲の出来がかなり良くて驚いた。もちろんメンバーの好きなバンドの影響とみられるものは非常に色濃く出ている。しかし高校生という点を考えれば演奏、曲の質ともにこれだけの域に達していたら十分過ぎる、と言って差し支えないレベルだった。「なんだかこいつはすごい奴だぞ」ということを強く思ったのをよく覚えている。
 何をするのも億劫だった私は帰宅部であったが、中山はそんな私を軽音楽部の部室に連れて行って、楽器を触らせてくれたり、バンドの練習を見せてもらったり、バンド仲間との仲を取り持ってくれたりしてくれた。また部活がない日の放課後には普通の高校生らしく一緒に馬鹿なことをやって遊んだり、一緒に外食をしながら適当な会話をしたり。好きなバンドが地元に来たときに一緒にライブを見に行ったことも何度かあった。親友と呼んでも差し支えない関係性であったと思う。

 そんな日々が二年ちょっと続き、我々は卒業に向けて動き出した。私は持ち前のダラけ感が完全に裏目に出て卒業後の進路が全く決まらないまま卒業を迎えてしまうのだが…それはさて置き、中山は高校卒業後に関西地方の大学に進学することになった。また、中山のバンドのほかのメンバーも「地元の大学に進学」「家業を継ぐ」「企業に就職」と見事にバラバラの道を歩むことが決まった。
 高校最後の冬休み、中山からメールで「次のライブが最後になるから高橋も見に来ない?」と誘われた。そういえば中山ともバンドメンバーともあんなに親密にさせてもらっていたのに、ライブハウスでのライブは一度も見たことがなかった。「行くよー」と返信する。

 ライブ当日、諸事情あってライブハウスに到着したのは開演時間を40分ほど過ぎた頃になった。とは言え、一バンドの持ち時間が四十分で中山たちの出番は三番目、ということは事前に聞いていたため、あまり焦ってはいなかったのも事実ではある。カウンターに座っているスタッフに自分の名前を告げると、彼女はディスカウントリストに私の名前があることを確認し、ドリンク代込みで千円になります、と一切愛想の無い態度で言い放つ。
 チケット代を支払いフロアに入ると、最初のバンドの演奏がちょうど終わったところだった。フロアは半分ほどしか埋まっていない。まあ地元の学生バンドを集めたイベントなんてそんなもんなんだろう。PA席の前に中山とバンドメンバーが屯していたので話しかける。いつも通りの温度で、くだらない話をした。やがて彼らは準備があると言い残し、楽屋へと消えていった。
 転換が終わり、二番目のバンドの演奏が始まる。確か別の高校の軽音楽部のバンドだったはずだが、これがまあ、正直言って酷い出来だった。詳しい批評は避けるが、とりあえず「早く終わらねーかな」と思ったことだけは凄くよく覚えている、とだけ記しておく。地獄のような四十分が終了し、ステージに中山たちが現れた。彼らは転換時間を目一杯使って丹念に楽器のチューニングを確認する。そして彼らがハケないまま会場が暗転し、そのままライブが始まった。

 当然といえば当然だけれど、部室で練習している時とは比べ物にならないほどの緊張感がある。正直部室とライブハウスでこうも違うものなのか、という驚きがあった。いつもの「内輪」感が排除され、演奏もいつもよりもエッジが利いたもののように聴こえた。…否、二曲目辺りで気付いたのだが、実際に演奏も練習の時とは比べ物にならないぐらい質が高いのだ。ライブそのものの素晴らしさに感動しつつ、「人の目がある」ということはここまで人を変えるのか、ということにも感心しきりだった。
 そして目の前で繰り広げられる演奏を見ているうちに、これが彼らの最後のライブであるという事実に対して柄にもなく感傷的な気分になってきた。いろんなことを考えた。中山やバンドメンバーと過ごしたこれまでの日々、学生という時期の特殊さ、彼らのこれからの進路、私自身の進路が全然決まってないこと、そして彼らに限らず、私の知らないところでこのような素晴らしいバンドが現れては、誰にも注目されずに消えていっているであろうこと。決して誰かが辞めたいから終わるわけじゃない。しかし、現実的な物事によって彼らは引き裂かれていく。そうして音楽が消えていく。悲しいやら、複雑やら。でも目の前の演奏には確実にポジティブな意味で感動している。ある種分裂した感情が自分の中に同居していたが、不快ではなかった。不思議な、忘れがたい、空気のようななにかがこの狭いライブハウスの中一杯に満ちているように思えた。
 そんな感傷に浸っている私を置き去りにして、バンドの演奏はどこまでもストイックに続いていく。最後のライブだというのに、それとも最後のライブだからなのか、MCは一切無い。感情の渦の中でかろうじて体をリズムに合わせて動かしながら演奏に耳を傾けていると、曲間で不意に中山が口を開いた。

「次が最後の曲です。僕たちは進路の事情があって…、実は、…これが最後のライブです。こういう場で、最後に演奏…できて、本当に楽しくて、…良かったです。…ありがとうございました」

 少し声に詰まっている様子はあったが、しかし中山は泣いていない。少し意外に思った。というのも、中山はかなり涙腺が脆いタイプの人間で、テレビドラマや映画などを見ているとすぐ泣いてしまうのだ。いつだか一緒に映画を見に行った時に、まあいい話だけどありがちな映画だなーと思いながらふっと横を向いたら、スクリーンの反射に照らし出された中山の顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていて、シリアスなシーンの最中に笑いを堪えるのに必死になったこともある。だからこいつは今日のライブで絶対泣くだろう、と思っていたのだ。よく見ると、バンドメンバーも皆俯きがちではあるが誰も泣いてない。
 そしてそのまま最後の曲が始まる。私の一番好きな曲だった。バンド練習でやっている時よりも長めに演奏された。演奏が終わる。私は自然に拍手をしていた。気付くと、観客の全員が彼らに対して拍手を送っていた。私はめちゃくちゃ感極まったが、そんな観客に対して礼をするでも繋いだ手を掲げて見せるでもなく、一種無愛想にも見える態度で彼らは舞台を去る。そして転換でも言葉を交わさぬままに機材を片付け、そして一人、また一人とステージからハケていく。そうして彼らのライブのすべてが終了した。

 もう次のバンドなどどうでも良くなった(ごめんなさい)私は、スタッフに楽屋への行き方を聞いて彼らの元を訪ねた。とにかくすぐにでも彼らにライブの感想を伝えたかった。急いで舞台裏へ行き、楽屋の中に飛び込んだ。すると彼らはボロ泣きしていた。中山など声を上げて泣いている。完全にいつもの涙腺が異様に緩い中山に逆戻りである。感極まって一緒にもらい泣き、というよりはあまりの泣きっぷりに少し笑いそうになってしまったし、なんだか少し安心したのも事実だった。
「めっちゃ良かったよ」
 一言だけ伝えると、中山は何か言葉を返してくれたが、泣きすぎててなんて言っているのかさっぱりわからなかった。
「多分ですけど、ありがとう、ありがとうって言ってます」
 ドラムの子が通訳してくれる。彼も中山の泣きっぷりがちょっとツボに入ったのか少し笑っていた(もちろん涙を拭いながらではあるが)。私と中山は握手を交わす。中山の手は涙でびしょびしょに濡れていて、それを確認したとき、やっと私もちょっと泣きそうになった。

 つい先日、中山とメールをする機会があったので、あの時のことを聞いてみた。
『なんであのライブの時、みんなステージでは泣かなかったの?』
 中山からの返信はこうだった。
『いやもうマジでいつ泣いてもおかしくない状況だったよ。でも最後のライブのステージで泣いたら、あの日見に来た人の中では「最後のライブで泣いた人たち」になるじゃん?みんなそれが嫌だったんだよね』
 わかったような、わからないような。

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この物語はフィクションです。実在の人物や団体や事件などとは一切関係ありません。