2019年3月9日土曜日

『虚拟时代』について

『虚拟时代』というタイトルのEPを公開した。



 楽曲のフォームはノイズミュージックやドローンの方法論を借用したある程度実験的な形を取った。ここ最近エクスペリメンタル系の電子音楽への興味が強くなっている、という個人的なムードが反映されている。

 EPのタイトルと全ての曲名は簡体の中国語による熟語になっている。日本で使われている言語でも使われている形でありながら、日本では使われることがない文字で構成されたフォームが魅力的に見えたのでこうした形にした。もともとは文字化けの中から漢字を拾って、中国語として意味のある言葉を作れないだろうか、ということを試みて遊んだことが基になっている。ちなみにそういうことは出来なかった。
 なので思想的な意味は一切ない。強いて言えば、「日本語のようで日本語ではない」ということは収録曲のコンセプトと一致しているかもしれない。

 ジャケットは当初色々やるつもりだったけれど、結局ディスプレイをiPhoneで直撮りした写真を少しだけ編集してトリミングしたものをそのまま使った。George Clanton『100% Electronica』のアートワークから少し影響を受けていると思う。最初にこの自撮り一発なジャケット見た時は色々驚いたので。

 このEPを作るにあたって、以下の縛りを設けた。
・一発録り
・メロディを作らない
・何も思わせない
・退屈を恐れない
 実際には人間の感情はコントロールできない=「何も思わせない」ことは人間の心理の成り立ちの関係上不可能だし、「メロディを作らない」というルールはボーナストラックで若干破っている(とはいえボーナストラックなので別にいい気もするが)。なのでこの縛りは私が高橋知秋として活動する上での数々の縛りと同じく、割と緩く設定されていたものである、と言って良いだろう。しかしそれでも私の中で重要だったのは、最後の「退屈を恐れない」という箇所だ。どうしても何かを作るときには受け手のことを考えてしまい、故に退屈が生じることを恐れてしまう。そうしたことを一度取り払ってみたかった。そのためこのEPの収録曲は基本的に状況の持続によって構成されていて、その中に大きな展開は2~3個ぐらいしかないものが殆どである…と思う。
 なので、このEPの収録曲のなかで成されていることは、聴き手のことはあまり考えていない表現になっていると言える。「现有观念」では退屈な流れになった後半部をカットするという編集をしているが、これもリスナーのことを考えているというよりは自分自身であとで聴き返してみた時に退屈だったから、という判断に依るものが大きい。

 別にそれが良いとも悪いとも思っていない。そうすることによって何かを主張したいわけでもない。
 このEPを作るに於いて私は「それでもいいだろう」という割り切りを必要とした、というだけの話である。

1. 思維培訓
 「高橋知秋」という名前で音楽を公開するにあたって、高橋知秋のコンセプトである「人間の人格の多角性の一部分」に則り、「自分」にとってあまり馴染みのない表現手法を取ることにしよう…と思ったはいいものの、そこにうまく合致するものを見つけられずにいた。試験的に「Lost Poet From Web Analytics」「python letter」の2曲を制作したものの、あまりしっくり来ていなかったのが正直なところだった。
 そういう意味では、この曲が「高橋知秋」として公開する音楽のフォームが定まった一番最初の曲と言えると思う。実際これが完成した時には今までにない手応えを感じた。先述したEP収録曲の縛りも、この曲の内容から逆算して決めたものである。フォームとしてはノイズミュージックに類するものだと思うのだけれど、私の中ではややフィールドレコーディングに近い存在のように思っている。
 「思考訓練」というタイトルが気に入っていて、のちに作成したspotifyのJ-POP縛りのプレイリストにもこのタイトルを英訳して流用した。

2. 现有观念
 タイトルは「既存の概念」という意味合いになるはず。音楽における最大の既存の概念とは何だろう、と考えた時に一番最初に思い浮かんだものがリズムだった。そこからビートの後ろでノイズが蠢いているこの構成が出来上がった。
 もともと6~7分ぐらい(?、覚えていない)の尺を録音したのだけれど、後半があまり面白くなかったのでカットしてしまった。一発録りなのでそういうこともある。その結果、4分ぐらいと4部作本編としてはとしては短めの尺の曲になった。結果的に通常のポップソングなどに近い尺になっていて、「既存の概念」に近づいているわけだけれども、これは意図的なものではない。
 この曲の前半はビートが入っていながら今作で一番展開が無い内容になっている気がする。あるいはビートが入ると変化の無さ、退屈さがより強調されるということだろうか。

3. 一种忧郁
 タイトルはそのまま「ゆううつ」。
 ポジティブな感情には実体がないのにネガティブな感情には妙な物質性があるように感じる。ポジティブな感情に実態が無い、ということはあまり共感されなさそうだけれども、ネガティブな感情に物質性を見出す感覚は割と共感してくれる人もいるのではないかと思う。
 嬉しくて興奮して体温が上がる事よりも、嫌な思いをしてお腹が痛くなることの方が印象に残りやすい。思えば嫌な気持ちというものは、意志を持つ湿気のように頭の周りをぐるぐる回っているもののようにも思える。憂鬱なときは非常に体調が悪くなりやすいし、逆に体調が悪くなって幸せになることはほぼ、というより全く無い。
 そうした個人的な感覚を意識して制作した。あの気分が沈んで、頭が重くなる感じになかなか近い音になったとは思う。良いことかはわからない。

4. 数据梦想
 タイトルは「データの夢」という意味になるはず。vaporwaveっぽい。なので当然データっぽい曲にしようと思っていたのだけれど、一回その路線で録音したらあまり良くなくて、その時に後半で使ったノイズをメインに据えた方が良いのではないか?と思い立った結果この内容になった。
 眠りに落ちる感覚はその瞬間特有のもので、他に似たものが無い…と思う。少なくとも私はあの瞬間と似たような感覚を他に思い付かない。ノイズミュージックを聴いて/何らかのライブで轟音を聴いて眠たくなってしまった、という現象は経験談として何回か聞いたことがある。実際、人間は無音よりも何かしらの持続音があった方が良く眠れるらしい(別にそれがノイズである必要はないが…)。そして夢とは眠らなければ見ることができない。制作中、ずっとそんなことが頭の片隅にあった。
 ここまでこの文章を読んだ人はもう既に気付いていると思うのだけれど、「データ」の要素が皆無になってしまった。元々どんな内容になってもタイトルを変えるつもりはなかったけれども、ちょっとこれで良かったのかなという感じはある。でも文字の並びとしてとても綺麗なので、あまり崩したくなかったのが本音である。

5. 负面情绪 [Interlude]
 タイトルを直訳すると「否定的な感情」になる。要するにネガティブ、ということである。
 本編からボーナストラックへの橋渡しの役割を果たす短い曲が欲しくて、新規でそのための楽曲を作る予定だったのだけれど、そのために作業をしていたら次の「通讯技术」が出来上がってしまったので、もともとボーナストラックとして制作するつもりだったこの曲がインタルードになった。実際この曲想が4分ぐらい持続すると、録音しているときは面白いけれども改めて聴いてみると流石に退屈が過ぎてしまう、ということが分かったので、最終的にはこのような形で良かった…のか?
 実はもともと本編の「一种忧郁」の位置にはこの曲が収まる予定だった。なのでこの2曲はタイトルの方向性や「暗い感情について言及する」という要素、そして曲の構成が若干類似している。
 一定の映像を頭の中に思い描いて制作した。映像の内容は…あまりにもありきたりなものなので言いません。

6. 通讯技术
 タイトルは「通信技術」の意味。今作で唯一タイトルを後から付けた曲。曲の質感と、あと「インターネットに言及する曲が無いな」と思ったのでこのタイトルになった。
 先述の通り、インタルード用の楽曲を作るためにいろいろ試しているうちに出来てしまった曲であり、そのため存在として正しく「ボーナストラック」といえる曲かもしれない。なので制作順としてはこの曲が一番最後に出来たことになる。
 個人的に今作では一番「音」そのものを聴かせる方向に舵を取った楽曲だと思う。他の曲はこの解説を読めばわかる通りいろいろコンセプトを考えて制作していたのだけれども、この曲は割と偶発的に出来ているのでよりその要素が強いと思う。
 もうちょっと長くても良かったかな…と思ったけれども、「现有观念」の前半とタメを張るぐらい展開の無い曲なので、このぐらいの尺で切り上げるのが最適だろう。

7. 现有观念 (Session Version)
 「现有观念」の別バージョン。ベースラインを際立たせるためにオリジナルに目立つ形で登場したノイズが登場しない(実はカットした後半部分で少しそのノイズを鳴らしたのだけれど、正直あまり良くなかったので…)他、音のバランスなどを変更している。
 何故か二部構成になった。前半のパートは録音に際していろいろやっているうちに形式が出来たもので、原曲の終盤の展開を拡張したような形になっている。
 後半はビートだけではなくベースも入れることによって、タイトルで言及した「既存の概念」をより強調した形になっていると思う。そして既存の形に寄り添って展開が無い形を作るとより退屈になる、ということも原曲より強調されているかもしれない。